OWCモノローグ)かみさまのはなし by 花緒

わたしの家にはかみさまがいました。
神だなにもいたし、ノートの紙と紙のすき間にもいました。
血のつながっていない家族がたくさんいたのです。
布団を並べていっしょに寝ていました。

誰が使ったか分からない歯ブラシで歯を磨いて、誰が買ったか分からないノートに物語を書いたりしました。
家にあるものは全部かみさまのものだから、誰かが買ったものでも勝手に使ってよかったし、
自分で買ったものもすぐに誰かのものになってしまうから、それでおあいこだと思っていたのです。
 
 
小学校で、となりの席の女の子が裕福な家の子供でした。
彼女の持っている皮表紙のノートがカッコ良くて。
彼女のノートにクレヨンで「戦争でぜんぶ無くなるけど、かみさまだけは残るはなし」を書いたのです。
そうしたら、人のモノに勝手にラクガキしてはいけないと、なみだがこぼれるまで、先生に叱られました。
それで、どこにでもかみさまがいるわけじゃないと学んだのです。
ただ、わたしにはとなり席の女の子のような高級なノートはなかったけれど、
誰が買ったか分からないノートのすきまにはかみさまがいるから、それでおあいこだと思っていたのです。
 
 
中学生になって、高校生になって、次第にかみさまは見つからなくなりました。
大学生になって、一人暮らしをはじめた頃には、かみさまを探すことさえしなくなっていました。
でも、不動産会社で働くようになって、恋人に振られて、体調を崩して、そのあたりからでしょうか、かみさまがいるかどうかはどうでもよいのだと。
かみさまがいると仮定して生きることが大切なんだと思うようになったのです。
 
 
わたしは誰にでも正直に話しました。
正しいと思うことだけを主張しました。
人の目は気にせず、
目先の利益は考えず、
かみさまの導きが何なのかだけを考えて仕事に打ち込みました。
そうしたら、次第に信頼されるようになり、いつしか重要な仕事を任されるようになっていたのです。
不動産投資ファンドの経営を任されるようになり、
ロシア=ウクライナ戦争の直後に手広く投資できたので、気づいたら100億円を超える資産を蓄財してしまっていました。
 
 
いま、わたしは、東ヨーロッパの別荘にいます。
することがなくて手持ち無沙汰なので、こうやって、適当な文章を書き綴ってヒマを潰したりしていますよ。
毎日、最高級の食事をして、最高級のワインを飲んで、別荘にはメイドが3人います。
 
寄付も兼ねて、メイドにはべらぼうに高い給料を払っているのですけどね。
この前、メイドの一人が、わたしの電子手帳を勝手に持って帰ろうとしたのです。
腹が立ちました。
きちんと躾けなければいけないと考えました。
 
これだけ人様からよくしてもらっているのに!
人のモノを勝手に持って帰ってはいけない!
 
メイドの髪を掴み、罵声を浴びせかけ、クビにしようとしました。
そうしたら、メイドはこう言ったのです。
貴方はこんなにたくさんのお金を持っているのに。
この家にはかみさまはいないのね、と。
 
 
その日はさすがに眠れませんでした。
それで、思い出したのです。
むかし、わたしのものではなかったノートに、かみさまのはなしを書いていたことを。
 
「戦争でぜんぶ無くなるけど、かみさまだけは残るはなし」
 
 
わたしは世界各地の難民キャンプに寄付をしています。
ひっきりなしに感謝の手紙が届き、それがわたしの慰めになっています。
わたしには資産があり、世界からの感謝と信頼があり、そしてわたしの家にはかみさまはもういません。
 
メイドたちは、貧しい家庭で家族一丸となって働き、べらぼうに高い給料を受け取り、欲しいものはなんでも持ち帰り、でもわたしは、彼女たちから欲しいと思えるものがもう何一つないのです。
おあいこではなくなったんだと思います。

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