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真実はいつもいっぱい

 古典から最新作まで、子供向けアニメから海外発の長編小説まで、推理ものなら何でも片っ端から鑑賞する知人がいるんです。仮に金田さんとしておきますけれども、こういうものが好きな方の常として、自分も謎を解きにかかるんです。マジで犯人をあぶり出そうとする。

 言い方を変えると、いろんな作品に疑いの目を向けまくったせいで、まともな楽しみ方をしていないんです。お陰で印象に残る言葉を残してもくれます。皆さんご存じ、「見た目は子供、頭脳は大人」という重要な秘密が日本中にバレている、知名度抜群の名探偵がいらっしゃいますね。それを聞いた多くの方は「格好いい」とか「確かにそうだ」とか、割とポジティブな印象をいだくのだと思いますけれども、登場人物全てを容疑者扱いするほど疑い深くなっている金田さんは、そんな江戸川少年に異を唱えます。

「事実はひとつだと思うけど、真実は人の数だけある」

 最初に聞いた時はピンときませんでした。ただ、ずっと頭に引っ掛かってはいたんです。

 さて、そんな金田さんはいろんな資格をもっておりまして、中には衛生管理者と言う資格も持っています。衛生管理者とは、労働者の安全や衛生のために様々な対策を取る人でございまして、多くの労働者を抱える会社ではこの資格を持った人間が必ずいなければならない決まりになっています。

 「労働者の安全や衛生のために様々な対策を取る」なんて一言でまとめていますが、世の中にはいろんな仕事がありますから、いつどこでどんな危険が飛んでくるか分かりません。そんな危険に対処しなければいけないわけですから、いろんな危険について学び、対策の取り方を知っておかねばならない。

 ですから、金田さんが言うには、有毒ガスの対処法も当たり前のように試験問題に出てくるそうです。具体的には「有毒ガスへの対処として正しいものを選べ」みたいな選択問題だったようなんですが、その選択肢のひとつに「カナリアを連れていく」というものがあったそうです。

 カナリアはヨーロッパを中心に古くから飼われていた鳥でございまして、毒物に敏感という性質がございます。そのため、毒ガス検知を目的に鉱山へ連れていくことが実際にあったそうです。だから金田さんは迷わずカナリアを選んだそうなんですが、結果は不正解。専用のガス検知器を使うのが正解だったそうです。

 どうしてカナリアはダメなのか。動物愛護的な理由ももちろんあったでしょうが、「現在では使われていない方法だから」とのことでした。金田さんは資格試験にはパスし、晴れて衛生管理者となったわけですが、カナリアの問題についてはイマイチ納得できていなかったようです。

 それから少し経った頃です。とある新興宗教団体が毒ガスを使った事件を起こし、教団施設へ強制捜査が入ることとなりました。その様子をニュースで見ていた金田さんでしたが、テレビに映し出されていたのは、カゴに入ったカナリアを持つ捜査員の姿でした。「カナリア使っとるやんけ!」と金田さんはテレビの前で声を出してしまったそうです。

 捜査員はどうしてカナリアを使ったのでしょうか。金田さんは自らの仮説を私に披露してくれました。

 危ない毒ガスを感知する機械は当時もそれなりに揃っていたそうです。でも、この手の機械には欠点がありました。特定の毒ガスしか検知しないというのです。毒ガスAには反応するけど毒ガスBには反応しない検知器があれば、逆にBに反応してAに反応しない検知器もある。これじゃどの毒ガスが出てるか分からない現場では役に立ちづらいです。新手の毒ガスだったらもうお手上げです。

 一方のカナリアは、新手だろうが常連だろうが、自分の命を危うくするガスだったらポトリと転がり落ちるわけでございまして、そういう意味では極めて守備範囲の広い毒ガス検知器なんです。どんなヤバいガスを出しているのか分からない現場では、いろんな検知器をヒーヒー言いながら持ってくるよりは、小さなカナリアを連れてきたほうが理にかなっていたというわけです。

 教団施設への強制捜査は日本中の注目を集めておりました。事態を真剣なまなざしで見守る人もいれば、好奇の目でテレビを眺める人もいました。中には金田さんのように「カナリア使ってるやんけ、バツにしやがって衛生管理者試験の野郎」と、過去の違和感が憤怒となって表に現れることもある。

 確かに「事実はひとつだと思うけど、真実は人の数だけある」のかもしれません。

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