見出し画像

笑いに関する名言集――冬のファインマン祭り その3

 名言集はたくさんあるんですが、笑いに関する名言集に乏しいと常々思っておりまして、暇を見つけては集めてnoteに載せています。ちなみに、「笑いに関する名言」を次のみっつのどれかに当てはまるものとしました。

・笑いに関係する言葉が入っている名言
・笑いに関係する仕事をした人の名言
・笑う余地がある名言

 今回は前回同様、ファインマンの笑う余地のある名言をご紹介いたします。出典は「ファインマン語録」で、トップの画像は英語版ウィキペディアからの引用です。

 それでは早速、参ります。まずはこちら。

学生が大学に入るまであれだけ長いこと学校で勉強して来たというのに、まだ「friend」がまともに綴れない、と英語の教授がボヤいたとしたら、ぼくはそりゃ「friend」の綴りのほうにどこかおかしいところがあるんじゃないか、と言ってやります。

原出典「1963年 この非科学的時代 ジョン・ダンス連続講演」

 「ミスする人がそんなに多いんだったら、悪いのは人じゃなくてシステムじゃないの」ということなんじゃないかと思われます。機械とか組織とかだと、割とそういう考えに至りやすい印象ですが、言語にまでそれを持ってきたものと思われます。確かに、英語の授業で friend を習った時は微妙に覚えにくい綴りだと感じましたけれども、アメリカ人もやっぱり覚えにくいというか、普通に間違えるんですね。

 学生の学力を教授が嘆く。私も大学時代にチラホラ聞いた話ですけれども、アメリカでもそういうのがあるんだなあと思いました。何だったら、大学でさえあれば国を問わない話のような気もしてきました。

星占いも当たることがあるかもしれません。金星がさい先よい角度を向いている日に歯医者に行くのは、そうでない日に行くより良いということがあり得るかもしれず、ルルドの奇蹟によって病が癒されることもあるかもしれません。しかもそれがほんとうなら、これはぜひともさらに探求する必要があるのではないか。なぜかと言うとそれを改善するためです。星だってほんとうに人生に影響を及ぼすと言うなら、もっと科学的かつ統計的に調べあげ、もっと細心の注意を払ってますます客観的な証拠判断をすれば、あるいはそのシステムを、もっと強力なものにできるかもしれないでしょう。

原出典「1964年9月 現代社会における科学文化の役割は何であり、どうあるべきか ガリレオ・シンポジウム」

 一見すると星占いを支持しているようですけど、まあ明らかにいじってますよね、これは。

 ただ、改善の考え方として正しいことを言っているのも事実です。理屈としてはちゃんとしておりますし、確かに占いは日々どのような改善をしていて、それによりどれだけ的中率が上がったり下がったりしたのか、物凄く気になります。

子供の頃サンタクロースが実在の人物じゃないと悟ったとき、別に憤慨した覚えはない。それどころか同じ一夜のうちに世界中のあれだけたくさんの子供たちが一斉にプレゼントをもらうという現象に、もっと簡単な説明がついて実のところほっとしたもんだ。

原出典「1994年11月27日 ロサンゼルス・タイムズ紙」

 サンタクロースと言えば、主に両親によって最初はいるものとされているパターンと、最初から現実を見せるパターンがあると思います。幼少期に夢を見させるパターンですと、どこかの段階で現実を思い知らされるわけで、その時に本人がどういう気持ちになるかは人それぞれだとは思うんです。

 ファインマンの場合は、多少茶化してはいますが、かなり冷静に受け止めたと申しますか、納得という割とポジティブな反応だったように見えます。理屈として腑に落ちたと申しますか。その辺りも科学者に向いていたのかもしれません。

空飛ぶ円盤を見たという報告は、地球外知的生命体からの未知の努力の証拠というより、地球人の例のイカれた頭脳の産物に過ぎないとぼくは考えます。

原出典「物理法則はいかにして発見されたか」

 占い、サンタと続いて今度はUFOをいじっております。ちょっと強めにいじっているのは、よく分かっていないし決定的な証拠もないのに、なんかあるものとして主張している方がいらっしゃるからかもしれません。いじり甲斐があると思わせてしまったのでしょう。

 それにしても「未知の努力の証拠」という表現が独特です。英語の表現としてはありがちなのか、それともファインマン特有の言い回しかどうかは、残念ながらこれだけでは分かりませんが。

たとえば君が何かの病気だとする。「ウェルナーのグラニュローマトーシス」とか何とか、何でもいいが、医学書を調べるとしよう。するとその結果この病気に関しては、さんざん長いあいだ医学部で勉強してきた君の主治医より、君のほうがよっぽど良く知っているということになりうる。そうだろ? 何か特別な限られたトピックを学ぶのは、その分野全体を学ぶよりはるかに易しいんだよ。

原出典「1979年2月 オムニ誌によるインタビュー」

 「ウェルナーのグラニュローマトーシス」がどんな病気か試しに軽く検索してみたんですが、恐らくはファインマンがその場で適当に考えた、病気っぽい言葉だと思われます。グラニュローマとか〇〇トーシスなんかは病名にちょこちょこ出てくる言葉ですし、ウェルナーのように、特に病気には発見者の名前をつけられることが珍しくありません。

 ただ、例によって冗談で包んでおりますが、発言内容は理にかなっています。非常に狭い部分を突き詰めれば、その狭い部分だけは世の専門家以上に詳しくなれる。でも、専門家のすごさは、特定の分野全体を広く、それでいて一般人よりも深く学んでいる点であると、そういうことなんだと思います。

まあ不幸にしてぼくはごらんのとおり、いつも流行遅れだ。ところがこの「パートン」モデルがあまり成功したせいで、ぼくは流行児とかいうことになってしまった。これからはもっと流行遅れの仕事をみつけなくちゃならん。

原出典「1973年2月4日 チャールズ・ワイナーによるインタビュー、ニールス・ボーア・ライブラリー・アンド・アーカイブおよび物理学史センター」

 パートン・モデル、すなわちバートン模型はファインマンとジェイムズ・ビョルケンによって提案されたもので、高エネルギーハドロン衝突を解析する目的があったようです。

 この名言の便利なところはバートン・モデルの意味が分からなくても、笑えるポイントは分かるという点でございます。

 いろんな名言を見ておりますと、ファインマンは世の関心ごとから外れている自身を嘲笑的に言うことがあるんですが、だからと言って世の関心があまり自分に向くことも好まない性格だったようです。上記名言にはファインマンのそんなところがよく出ていると思います。

 さて、最後の名言となりました。

なぜだろう。なぜだろう。「なぜだろう」と思うのはなぜだろう。「なぜだろうと思うのはなぜだろう」と思うのはなぜだろう!

原出典「ご冗談でしょう、ファインマンさん」

 疑問を疑問で包む疑問マトリョーシカとなっております。このように、様々なものに問いかけ続けたからこそ、ファインマンは理論物理学の歴史に名を刻む功績を残したのだと思います。

 それでは、今回はこの辺で。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?