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彼朝ごはん 4話「土鍋ご飯とあごだし赤味噌汁」(2)脚本版

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#創作大賞2023  


第4話 「土鍋玄米ご飯とあごだし赤味噌汁」(2)


○デザイン部フィッティングルーム(日替わり)

 澪と結衣、資料とサンプルの布が山積みになった大きな裁断台を挟んで向き合っている。テーブルの上には、箱が置かれている。
   それを神妙な面持ちで見つめる二人。

結衣「そのパンドラの箱が、こちらとな」

 と、結衣が箱を見つめる。
 ファイルと資料の紙束に埋もれている中、箱にスポットが当たり、どこか凛とした空気を放っている。

結衣「しかも高級ジュエリーのハリー・ウインルトン。確実にそういうやつでは?」

澪「そうだと思ったら怖くて開けられなくて」

結衣「あの『極み喰い』の会社のCEOだもんね。すんごいの出てきそう」

澪「……(そう思う)よね?」

 じいっと箱を見つめていた二人、突然立ち上がる結衣が箱を鷲つかむ。

結衣「あああ〜!!! 
  手が、手が! 勝手にぃいい〜!!!」

 といいながら、箱の外箱のリボンを解いていく。
 ブランドのロゴが刺繍された銀色の箱を開ける。
 箱の中は、ラウンドカットのダイヤが一粒。
 プラチナの台座に乗った上品なデザインの指輪。

結衣「なんじゃ!
 この飴玉みたいなダイヤは! 
 い、いくらするのか、ちょっとエゴサしていい?」

 と、はあはあと興奮気味に指輪を掲げる。
 蛍光灯の光があたりキラキラと輝く指輪。

澪「それはちょっと……」

結衣「で、どうすんのよ?」

澪「困った……ね」

結衣「困るって……、社長じゃなくなるから? 
 ていったって、バスタブどころか、プールに札束埋め尽くしても足りないぐらいの金持ちじゃん。何を困るわけよ」

澪「お金の問題じゃなくてね。私自身の問題なんだ」

結衣「また、振るんだ」

 澪、俯いてスカートをギュッと握る。

澪「だから、お返ししなくちゃね。はいっ」

 と、手のひらを結衣へと差し出す。

結衣「……」

 結衣、眺めていた指輪を見つめる。
 名残惜しそうに澪へと返そうとする。
 が、ぎゅっと握る。

澪「ん?」

結衣「返すんだったら、その前に一回はめてみていい?」

澪「んんん?」

結衣「こんなでっかいダイヤついた指輪なんかをはめる機会なんて、一生ないだろうから、記念にね」

 結衣、自分の左手の薬指にはめる。

結衣「どう? セレブ妻っぽい?」

 スマホのカメラを動かして自撮りを始める。

澪「うん、うん。だから、そろそろ戻そう」

結衣「……あ、抜けない」
 
 結衣、指にはまった指輪を、無理やり引き抜こうとするが抜けずにいる。
 
結衣「グヌうううううう」
  
 と、指輪を力づくで引き抜こうとする。
 彼女の指の付け根が、鬱血してきたのか見る間に赤くなっていく

澪「冗談はその辺にして、そろそろ帰ろ。明日も早いし」

結衣「冗談じゃないって……まじだってー! ぐぬぬぬぬぬ」

大我「前園さん。明日のトワルチェック用のトルソー持ってきました!」

前園「あー! いいとこに! ちょっと手伝って!」

大我「はい! ……(澪に気づいて)あれっ、澪さん?」

澪M「しまった! 就業時間を過ぎているのに”バイトのモデル”がいるなんて変だよね?? 誰にも会わないと思ったから、ここで相談していたのに……」 

 仕方なく軽く会釈をして大我へ挨拶をする。

結衣「さあ! これを思いっきりひっこ抜いてくれたまえ!」

大我「風早大我、張り切らせていただきます!」

と、指輪を引っ張る。

結衣「ぎゃあーーー! 指ぃい!指ぃいい!」

と、プロレスのギブアップを宣言するようにテーブルをバンバンと叩く。

大我「無理っす!」

結衣「仕方ない。責任とって結婚しちゃいな」

澪「なんで私が結衣ちゃんの責任を取るの?」

大我「(驚いてパッと結衣から手を離す)結婚っ⁈  澪さんが?」

 結衣がひっくり返る。

結衣「かーざーーーーはーーーやあああ!!」

 と怒りの形相で起き上がると、テーブルの上へ顔を覗かせる。

結衣「彼氏にプロポされたんだってさ、で、その指輪がこれなわけだ」

と、指輪をひらひらとさせる。

結衣「もーさぁ、澪が、結婚するって返事すればいいじゃん。
その間に頑張って痩せて、ひっこ抜くからさ!」

大我「困ります! 結婚なんてしないでください!
 僕が、絶対抜いて見せますから!」

結衣「なんで、風早が困るんだよ」

大我「化粧室に行きましょう! 石鹸をつけたら滑って抜けるかもしれないっす!」

 と、結衣を引っ張って部屋を出ていく。

結衣「ちょちょちょ、痛い、痛いっつうの!」

 澪だけになった部屋。
 立ち上がる澪、箱をそっと撫でる。

澪M「「きっと物語のハッピーエンドは、この指輪を受け取り、保の未来に寄り添うことだ。誰もが羨む結婚をして、幸福な祝福を受ける。
きっとそれが普通のエンディング」

 指輪の箱の蓋を閉じる。

澪「(ボソッと)大丈夫だよ、裏切ったりしないから……」
結衣「(叫び声)ぎゃああ!」

結衣、部屋に全速力で飛び込んでくる。
何事かと思い、席から立ち上がる。

結衣「ごめん! 指輪、流しちゃった!」

澪「ええー!!」

結衣「石鹸塗りたくって。外そうとしたらうっかり、排水溝に……」

澪「やっぱり、金額エゴサしていい?」

ゆい「あーん! ごめん!50年払いで返済するからぁー許して!」

澪「保さんが、指輪を失くしたぐらいで、何か言うとは思えないけれど、できればきちんとしたお別れをしたかったんだよね」

結衣「だよねだよね! うーん。どうしよう?」

大我「風早大我! やりました!」

 大我の大きな声が部屋に響く。
 扉の前に立つ大我。
    全身ずぶ濡れの大我が、ずかずかと大股でこちらへと近づいてくる。
 彼が歩くと絨毯に黒い染みが生まれる。
 彼が進むたび黒い楕円の水玉が部屋の中に増えていく。

澪「な、何?」

 と、びしょびしょの男に慄いていると澪の目の前に、大我が立ち止まる。
 澪の手首を掴む。
 手のひらを開かせると、その上に輝く指輪を載せる。

大我「これがあれば、婚約破棄出来るんですよね?」

澪「え?(と戸惑い)……うん、ありがとう」

 と、濡れて光っている指輪をぎゅっと握り締める。



○お好み焼き屋・店内(夜)

 昭和レトロな雰囲気のある大衆的なお好み焼き店。

 野球選手のサイン入りのユニフォームや、サインボール。
 東京球団のファングッズが店内の壁や棚の上など至る所に飾られている。
 野球観戦帰りのおじさんたちの集団がビールを飲みながらお好み焼きをつまむ。
 店主もバイトもターコイズグリーンの東京球団のユニフォーム姿。
 大型モニターテレビから野球ナイター中継が流れ、テレビを前に応援をする客たちで賑やか。

店員「こちらの席、どうぞー」

 座敷の席に案内される澪、結衣、大我。

 掘り炬燵のある座敷席。
 澪が座ると、澪の隣へ大我がピタッと寄り添うように座る。
 澪、席を立ち、結衣の隣に座り直す。
 大我、捨てられた子犬のように泣きそうな顔で澪を見る。

澪「なににしよう?」

 と、大我を無視してメニューを眺める。

結衣「ここが風早のイチオシ?」

大我「はい! 僕のおすすめは鉄板の豚玉、一択です!」

結衣「えー。色々食べたくない? チーズ餅明太とかよくない?」

大我「ここに来たら、これって決めてるんで!」

澪「じゃあ、私もそれで」

結衣「なんでみんな一緒なわけ? ねぎげそこんにゃくとかさー。キムチチーズホルモンとかさ、気になるよね?」

澪「郷に入っては郷に従えだよ?」

結衣「うーん。じゃあ、シェアしよ?」 

  *   *   *

 びっしりと水滴がついたビールが届き、グラスを掲げる3人。

結衣「風早! 私の指を救ってくれてありがとー」

大我「前園さんの指は救ってません。僕が救ったのは、澪さんの未来です」

澪「それはもう、助かりました。ありがとうございました」

大我「それで、澪さんからのご褒美は」

澪「奢ります」

大我「いや、僕への褒美は澪さんと——」

澪「(言葉をさえぎり)奢ります。ので、今日は存分に召し上がってください」

大我「(泣きそうに)……ううっ」

結衣「(可愛らしくおねだり)私は?」

澪「誰のせいだっけ?」

結衣「(泣き真似をして)ぴえん〜〜〜」

  *   *   *

結衣「(ビールを飲み)うまあーーー!」

 澪、ビールに口をつけながら大我を見る。
 大我の髪はまだ濡れているのか、普段のライオンみたいな髪型ではなく、すっきりと毛先がまとまっている。
 服装もタータンチェックのストレートパンツに、くすみパープルのバンドカラーシャツという出立ち。
 綺麗めの好青年な印象。
 首の後ろにサンプルのタグがついたまま。

澪M「案外悪くない。……まあ、髪の色は相変わらずだけど」

 澪の視線に気づいて、

大我「変ですか? 廃棄のサンプル品適当に着てみたんですけど」

結衣「いい感じじゃん? 風早もデザイナーなら、うちのブランドを着たほうがいいよ。まずは己を知らねば始まらんと思うのだよ。縫製も素材もコンセプトも頭じゃなくて体で理解するっていうのかな——」

大我「あの!」

 と、結衣を止める。

結衣「ん? なんだね?」

大我「澪さんの意見が聞きたいんで、長くなるなら後にしてもらってもいいですか?」

結衣「っはあ? なんなの? 直属の上司を差し置いて、なんで、澪?」

大我「それは」

 と、じっと澪を見つめる。

澪M「な、何を言う気なの?」

(5話へ続く)

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