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「抽象的すぎる」ってどういうこと?

 生徒の脚本やプロットを読んだり、話したりしているうちに気付いたことがあります。「ストーリーが抽象的すぎる」ということです。これが作品がうまく行かない大きな原因のひとつです。

 「抽象的」とは、実用日本語表現辞典によると「共通した要素を抜き出して一般化していること、または具体性に欠けていて実態が明確ではないこと」とあります。脚本を書くときに問題となるのは主にこの文章の後半の方です。

『E.T.』を例に

 例えば映画『E.T.』はどんな話? と聞かれて、次のふたつの答え方があるとします。

①「エリオットが地球に取り残された宇宙人と出会って素晴らしい友情をはぐくみ、一歩大人へと成長する」
②「エリオットが地球に取り残された宇宙人と出会って仲良くなるが、宇宙に帰りたいというので送り返してやる」

 このふたつで言えば、①が抽象的で②は具体的です。脚本は具体性がないとちゃんとした作品にはなりません。①は間違ったことは言っていないものの、この一文だけあっても面白い作品を書くことはできないでしょう。『E.T.』のストーリーは、E.T.が仲間の元に帰りたいと思っていることをエリオットが知り、「よし、彼が宇宙に帰るのに協力しよう」と行動することで後半の展開が起こります。①のようなことが発想のスタートだったとしても、②という具体的な内容を思いついて初めて『E.T.』のストーリーができるのです。
 この①と②を比べると、①の方が何となく高尚なことを言っており、②は味気ない感じがすると思います。しかしこの一見味気ない②こそが『E.T.』のストーリーの本質です。たぶん『E.T.』のストーリーを考えた人は「前半、仲良くなるまでを描き、後半は彼を宇宙に送り返そうとする展開にしよう。そしてラストは無事に送り返すことができ、感動の別れのシーンになる」と思いついたとき、「できた!」という感じがしたことでしょう。(それを思いついたのがスピルバーグなのか脚本のメリッサ・マシスンなのかは知りません)

 多くの生徒は、考えが抽象的で具体性に欠ける状態で作品を書こうとします。僕が生徒の作品を読んで「これはどういう話?」と聞くと、大抵①のようなことを言います。そして「そうじゃなくて具体的に」と言うと、答えられなくなるのです。または「『友情をはぐくむ』とか『成長する』というのが具体性です」などと言います。

刑事ドラマを例に

 刑事ドラマを例に考えてみます。刑事ドラマは、抽象的な①は「刑事が事件を捜査し、犯人を逮捕する」です。一方具体的な②は、その回ごとに事件の内容、捜査の展開、犯人像や犯行動機、トリックなどが違い、それぞれのストーリーがあるわけです。例えばあくまで一例ですが、「主人公の男性刑事は容疑者の恋人の女性に張り込みをして逃亡中の容疑者が会いに来るのを待つ。そのうち彼女にほのかな思いを寄せる。容疑者が現れたとき、心を鬼にして容疑者を逮捕する」など。
 プロデューサーが脚本家に「どんな話を考えてるの?」と聞いたとき、脚本家が「刑事が事件を捜査し、犯人を逮捕する話を書きます」と言ったとしたら、「よし、それを書け」とプロデューサーが言うでしょうか? 「そんなことはわかってる。具体的には?」と聞くでしょう。
 刑事ドラマの例だと、①だけがあっても②がないと作品が書けないとわかりますが、生徒が人間ドラマを書こうとしたときは、「愛情をはぐくむ」とか「人間として成長する」とかいうことだけを考え、それで脚本が書けると錯覚してしまうのです。

 プロの脚本家で生徒の作品に接する機会がない人がこれを読むと、「えっ、そんなんでどうやって作品が書けるの?」と思うでしょう。
 ところが書けるのです。生徒が何を書いているのかというと、「関連しそうな現象を並べる」ということです。それらの現象が一応「愛をはぐくむ」とか「成長する」とかいうことに関連づけられているので、「書けた」という気がしてしまうのです。

どんな訓練が必要か

 上記の『E.T.』や刑事ドラマの例を見て、①ではなく②を考えなくてはならないということは理解できるでしょう。しかし①から②に進もうとしたとき、「一体何をどう考えればいいの?」とハタと困ってしまう人が多いようです。この壁を越えるのはかなり難しいことのようです。
 このような状態を脱却するにはどうすればいいのでしょうか。
 具体的な方法としては、面白い映画を見て、「どんなストーリーだったか」を考え、そのストーリーを箇条書きに一枚の紙に書いてみるとか、ストーリーを三行でまとめてみるとかいうことをひたすら繰り返す訓練をすることです。その三行ストーリーが①ではなく②になっていなくてはならないのは当然です。おそらく「おっと、これだと①になってしまう。②にしなくては」ということが頻発するでしょう。
 この作業を繰り返す中で、「この作品の独自のアイデアは何か?」とか「他の作品と共通する型は何か?」などを考えるようになり、次第に自分の作品においても②を発想できるようになっていくでしょう。面白い作品になるかどうかはその次の段階です。

キャラクターも具体的に

 ここまでストーリーのことを述べましたが、キャラクターも具体的でなくてはいけないのは同じことです。人それぞれ性格や考え方や好み、長所と欠点、それまでどんな人生を送り、どんな問題を抱えているかなどの違いがあり、主要人物それぞれについて、その人はどんな人か、他の人とどう違うか明確でなくてはなりません。これはストーリーよりは考えやすいことではないでしょうか。
 生徒作品でキャラクターに具体性が乏しくなってしまう原因は、おそらくプロットを書く段階で「40代の会社員。真面目で小心者」くらいの大雑把な設定しか考えずにスタートしてしまうことにあるでしょう。プロットはそれくらいの設定でも所定の文字数が書けてしまうのです。そういう抽象的な人物が主人公だと、やはりストーリーにおいても具体性が乏しいまま「関連しそうな現象を並べる」という結果になるでしょう。

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