肝がんの発症や進行に腸内細菌が関与か

 男性では、罹患率・死亡率ともに5位にある肝がん(正確には肝細胞がん)の発症や進行に、腸内細菌が関与しているという研究報告が、日本の研究機関から最近(2022~2023年)あいついで発表されている。

 いまや男性の65.5%、女性の51.2%が、一生のうちになんらかのがん(癌)に罹り、男性の4人に1人、女性の6人に1人はがんを原因として亡くなる(国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」)。国民病ともいわれるまでになったがんだが、すいがんなど一部のがんを除き、治療による生存率が高まり、必ずしも「不治の病」ではなくなってきた。そのなかで肝がんは、5年相対生存率(がんと診断され治療を受けた人のうち5年後に生存している人の割合を、日本人全体で5年後に生存している人の割合と比較した指数)が35~36%と、治りにくいがんの1つだ。

がん罹患数の部位別順位(2019年)
がん死亡数の部位別順位(2021年)
出典:いずれも、国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」

 肝臓は大人では1㌔㌘前後もある大きな臓器で、消化液(胆汁)の分泌、栄養の代謝や貯蔵、アルコールなどの有毒物質の分解・排出といった役割をもつ。肝がんの原因としてもっとも多いのが、ウイルス感染。C型肝炎ウイルスに感染し肝炎を起こした患者の70%は慢性肝炎に移行し、さらに肝硬変を引き起こす。これが肝がん発症の引き金になると考えられている。B型肝炎でも感染者の10%程度が慢性肝炎になる。ただし、肝炎ウイルスへの感染自体が減少していることから、このルートの肝がんは減少傾向にある。

 代わりに近年増加しているのが、非アルコール性脂肪肝炎から肝硬変、そして肝がんを発症するケースだ。大量飲酒を長期間つづけると、慢性アルコール性脂肪肝から肝炎、肝硬変に至ることは知られているが、近年増加しているのが大量飲酒を原因としない脂肪肝や肝炎で、非アルコール性脂肪性肝疾患と総称される。原因には生活習慣やそれにともなう肥満、ストレスなどがあるとされ、日本では100万人以上が非アルコール性脂肪性肝疾患だという。非アルコール性脂肪肝炎は、そのうちの1~2割を占める。

 アメリカ国立衛生研究所・がん研究所は、ボディマス指数(BMI=体重を身長の二乗で割った指数)が25以上、すなわち肥満している人は、それ以下の人に比べて食道がん(食道腺がん)や肝がんのリスクが2倍に、膵がんのリスクは1・5倍に高まるとしている。

 非アルコール性脂肪性肝疾患や肝がんは、肥満やメタボリック症候群と強く結びついており、そこには腸内細菌もかかわっていると考えられている。

 栄養分を吸収する一方で、不必要な物を取り込まないよう、腸の表皮細胞同士は「タイトジャンクション」と呼ばれる構造で守られており、さらに表面は粘液層で覆われている。粘液層は腸内細菌(いわゆる善玉菌)がつくる短鎖脂肪酸によって弱酸性に保たれ、病原菌やウイルスによる感染も防いでいる。これを「腸管バリア機能」という。腸管バリア機能が損なわれると、未消化の食品成分や細菌由来成分、あるいは有害な細菌そのものが血管内に取り込まれてしまい(「リーキーガット症候群」)、それが免疫系を刺激し、炎症を引き起こす。

 たとえばグラム陰性細菌の細胞壁外膜成分であるリポ多糖は、腸から取り込まれると脂肪細胞や肝臓にあるマクロファージ(大食細胞)という免疫細胞を活性化し、炎症性サイトカインを放出して別のマクロファージやナチュラルキラー細胞(NK)、ナチュラルキラーT細胞(NKT)などの免疫細胞を活性化し、過剰な免疫反応が持続する「慢性炎症」をもたらす。

 腸内細菌叢は、腸管バリア機能を健全に保つ役割をもっているが、特定の細菌群がふえたり減ったりしてバランスが崩れると「ディスバイオシス(腸内細菌叢の乱れ)」と呼ばれる状態になる。偏った食生活や過食、ストレス、睡眠リズムの乱れ、抗菌薬の服用などがディスバイオシスの原因だ。ディスバイオシスは、内臓脂肪の蓄積を通じてメタボリック症候群を引き起こし、老化を早めることもわかってきた。そして、さまざまながんのきっかけともなっている。なかでも肝臓は腸で吸収されたものが最初にたどり着く臓器であり、リーキーガット症候群の影響は大きい。

 富山県立大学の長井良憲教授らは、モデルマウスに脂肪性肝炎を誘導する餌を与え、その糞便中の細菌を通常食を与えたマウスのものと比較したところ、肝炎誘導食をったマウス群では細菌の種類と構成が変化していたと報告した[1]。研究グループはさらに、誘導食マウス群に抗菌薬バンコマイシンを投与して腸内細菌を滅菌すると脂肪性肝炎と繊維化が悪化したが、通常食マウス群ではそのような症状は見られなかったとしている。

 新潟大学の寺井崇二教授らは、肝がん発症のきっかけとなる肝硬変の悪化に、腸内細菌が放出する直径100㌨㍍ほどの小胞が関与していることを明らかにしたと発表した[2]。この小胞が体内に取り込まれると免疫細胞を活性化させ、肝臓に炎症を起こして繊維化を促進し、むくみや腹水の原因となるアルブミンが低下するなど、ヒトの肝硬変患者と同様の病態を呈するという。さらに肝硬変患者からも腸内細菌由来の小胞が検出され、細菌成分に対する抗体価が上がっていることも確認できたとしている。小胞は、腸管バリア機能の低下した腸管壁から取り込まれているとみられる。

 大阪公立大学の大谷直子教授などの研究グループは、高脂肪食を与えたマウスで腸管バリア機能が低下して、グラム陽性細菌の細胞壁成分であるリポタイコ酸が肝臓に蓄積していたと発表している[3]。このリポタイコ酸の刺激によって肝臓の細胞(肝星細胞)が傷つき、炎症性サイトカインの放出からがんの増殖を促進させるという。

 それぞれの研究は、異なる事象を扱っており、ルートはおそらく複数あるのだろうが、いずれも腸内細菌叢の変化(ディスバイオシス)が腸管バリア機能の低下をもたらし、それがきっかけで非アルコール性脂肪性肝炎や肝硬変、さらに肝がんに至るメカニズムを示唆している。ディスバイオシスを引き起こさないこと、いいかえれば健全な腸内細菌叢を保つことが、肝障害や肝がんの予防につながるのではないだろうか。

 なぜ、どのように、腸内細菌はメタボリック症候群を進行させるのか、がんや認知症と腸内細菌の関係、健全な腸内細菌叢をつくり保つにはどうしたらいいのか、健全な腸内細菌叢を養う食事や食材などなど、腸内細菌と私たちの健康との関係について、わかりやすくまとめた『からだとこころの健康を守る腸内細菌入門─おなかのなかの生態系とのつきあい方─』(電子書籍)が、アマゾン・キンドルから好評発売中です。


[1] Kaichi Kasai et al.:Impact of Vancomycin Treatment and Gut Microbiota on Bile Acid Metabolism and the Development of Non-Alcoholic Steatohepatitis in Mice, International Journal of Molecular Science, 24(4), 2023
[2] Kazuki Natsui et al.:Escherichia coli-derived outer- membrane vesicles induce immune activation and progression of cirrhosis in mice and humans, Liver International, 43(5), 2023
[3] Ryota Yamagishi et al.:Gasdermin D-mediated release of IL-33 from senescent hepatic stellate cells promotes obesity-associated hepatocellular carcinoma, Science Immunology, 7(72),2022


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?