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絆を灯す炎


私、オーストラリア、シドニーで、精神障害を持つ方々の自立支援の仕事をしています。

3軒のグループホームに通い、そこに住むクライアント達の日常生活のサポートをしているわけです。

クライアントは合計12人。

統合失調症

鬱病

自閉症

統合失調症+知的障害+脳性麻痺による歩行困難

と、クライアントは多種多様。

その中の一人に、香港生まれでオーストラリアに帰化した女性クライアントがいます。

この方、統合失調症+知的障害+能性麻痺による歩行困難、

複数の障害を持っています。

普段はとても明るくて人懐こい、おしゃべりが大好きな彼女。

今年46歳になる彼女、

16歳の時に家族で香港からオーストラリアに移住してきたそうです。

未熟児で生まれた彼女は、脳性麻痺によって足に障害を持って生まれてきました。

子供の頃に足の手術を2回受けてからは二本の杖を使うことにより、ゆっくりならば歩く事ができます。

足を引きずりながらも週3日、障害者の方々が働く作業所に仕事に行きます。

「勤続11年」が彼女の自慢。
 

そんな、普段は無邪気で可愛らしい彼女も、統合失調症の発作が出ると全くの別人に変わります。

普段、ずっと広東語で独り言を言い続ける彼女。

私達スタッフや彼女のハウスメイトとおしゃべりしている最中も、会話のちょっとした「間」で広東語で独り言を言い始める彼女。

そんな、楽しそうに独り言を言う彼女とは裏腹に、

彼女がずっと抱えている怒りや悲しみがぶり返した時の独り言は、声のトーンが全く違います。

16歳で家族と共に香港から移住してきた彼女。統合失調症は彼女が16歳の時に発症したそうです。

そして、彼女が二十歳を超えた頃、彼女の家族は彼女をシドニーに一人残して香港へ引き上げていきました。

現在も、彼女の家族はみんな香港に住んでいます。

そんな両親に対して、深い怒りと悲しみを抱えている彼女。

その、怒りと悲しみは一日に数回ほど彼女の心の底から噴き上がってくるんです。

顔を真っ赤にして鋭い眼光で、母親への怒りを広東語でぶちまける彼女。

**
お母さんが私の銀行口座のお金を盗むの!**

お母さんが私のクローゼットの中の服を全部寄付しちゃったから私には何も残ってないの!

お母さんが私のことをいつも監視していて、私の人生の決断権はお母さんが握ってるの!

時々そんなことを私達スタッフに英語でぶちまけて、また広東語に戻る彼女。

彼女の怒鳴り声は、近所から苦情が出るほどパワフルです。近所の人が警察を呼び、グループホームに警官が訪ねて来たこともあります。

そんな事情で、私達スタッフは怒鳴りちらす彼女を出来るだけ早く落ち着かせようと彼女と会話を試みます。  
 

お母さんは香港に住んでるから、このウチには来ないでしょ?

お母さんは英語が喋れないから、こっちの銀行に行っても話がわからないでしょ?

なぁんて説得してもあまり効果はありません。

で、ひとしきり怒鳴りちらすと、彼女、落ち着きを取り戻し、無邪気な彼女に戻ります。

毎日同じことの繰り返し。

もしかしたら彼女、

家族に対する怒りをキープすることで、実は「家族と繋がっているんだ」ってことを確認しているのではないだろうか?

家族に会いに香港に行くわけでもない、

彼女の家族も、シドニーに彼女を訪ねてくるわけでもない。

たまに弟と電話するだけ。

そんな、今ではほとんど顔を見ることがない彼女の家族との繋がりを、「怒り」という名のパワーでしっかりと灯していたいのかもしれない。

もし、彼女がそんな思いで怒鳴りちらしているのなら、彼女が気が済むまでそっとしておくのが一番なんじゃないだろか。

.....と、ふとそんなことを考えてみた。