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キッチン・イン・でぃすとぴあ【第4話・渋谷で5時】

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【2−5スパイシー・ショック】

 どこで調達したのか不明な5ナンバーのハッチバックの荷台には、アパレル店の紙袋がみっちみちに詰め込まれ、バックドアから溢れている。
「セイコ!」
 窮地に陥った主人公パーティーのもとに間一髪で現れた助っ人を見るようなシンゴの視線を総身に浴び、コンプラ的な配慮か咥えタバコならぬ「咥えチュッパチャップス」状態で、「待たせたな」とばかりにセイコが笑みを返す。
「またせたな、シンゴ、とーちゃん。……で、ソレなによ?」
 人体の構造上ありえない方向に首をストレッチされて倒れているタイヤマンを顎でしゃくり、セイコは泰蜀に問う。
「うむ、ZAの手の者かともおもったのじゃが、どうも違うようでの。ワシらにも正直何者なのか……タワダよ、本当にお前の友達ではないのか?」
「だぁーーーから! こんなネイティブ・アメリカンかぶれのコスプレイヤーなんぞ、我が組織にはおらんと言っておろーが! つーか友達でもないわ!」
「ゲッ! タワダいたの!?」
「さっきからずっとここにおるわ! 無視か! 泣くぞ!」
「泣くのかよ…… 悲しい顔を見せると、そこのお友達が心配するぜ」
「だーから! 友達ではないと何度も! 言って! おrkskっあpql!」
 親子で天然の気のある泰蜀とセイコ父子の、わりと本気の問いかけに、わりと本気で泣きそうになりながらタワダが答える。その間にZAの戦闘員たちは、首尾よくタイヤマンを捕縛し、装甲車の中に放り込んだ。
「しかし……改めて久しいのぅ、タワダ」
 かつての一番弟子。手塩にかけて育て、最後には志を違えてしまった男を、「武神」と呼ばれた漢が、懐かしむように見やる。
「師……いや、無藝泰蜀。すでに我らは、再会を喜び合うような仲ではない」
「何を言うか。いまもおぬしは、変わることなくワシの弟子じゃよ」
「見解に相違があるようだな。オレは師を捨てた。残ったのはただ、この拳のみ」
「ほぅ……では、うぬが力、ここで試してみるか? 久しぶりに稽古をつけてやろう」
「「覇!」」
 無藝流空手、その開祖と達人の覇気が、一気に高まる。
 まさに覇気と覇気がぶつかりあわんとする刹那、横合いから投げ込まれたスパイスの嵐により、視界を奪われた泰蜀とタワダの拳が空振る。
 戦闘に気を取られている隙を突き、装甲車からピンクワゴンまで移動していたタイヤマンによる、不意打ちの一発だった。八角(クローブ)の甘い香りの中、両者はバックステップで間合いを離す。「今日ハコノクライニシトイタルワー!」関西風の捨て台詞を残し、人外の跳躍力でタイヤマンは去っていった。足元に触れたネギを矢の如く泰蜀に投げつけるタワダ。泰蜀は、間一髪でそのネギを受け止める。「興が削がれた。引くぞ」と言い、タワダは目を抑えたまま、装甲車に乗り込む。
「泰蜀! この死合い、後日に仕切り直す!」
 そう言うと、タワダをはじめ、ZA公安部の装甲車は撤退していった。
「むぅ……」
 苦悶の表情は、かつての愛弟子との絶たれてしまった絆ゆえか。あるいは武人として、拳を交わすことができなかった不満ゆえか。もやもやとした感情に任せ、泰蜀は手に持ったネギを齧った。
「このネギは……」
 長ネギをひと齧りした泰蜀は、首を捻る。
 うまい。確かにうまい。が、なにか違和感を感じる。うますぎるのだ。品種の違いでは済まされない違和感が、疑念となって脳裏をよぎる。
F1種(*1)……まさかな……」
 いや、ありえない。次世代の種苗がまともに生育しないF1種など、万一得られたとしても、1世代で終わってしまい、継続的な栽培は不可能だ。ZAの排農運動で種苗の供給が絶たれた今、作物の安定収穫のためには、次世代を残せる固有種の栽培でなければいけないのだ。この時代、この世界に、F1種の作物など、あろうはずが……。


【*F1種】
 次世代の種苗を採取し、その種からほぼ同じ形質の作物を育てることができる固定種とは異なり、撒いた種からは1世代しか作物を収穫できないよう改良した交配種。前述の理由から1世代分しか収穫ができないものの、生育が早く、収穫量が多い。

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