【しをよむ078】中原中也「サーカス」——茶色い戦争、青いサーカス。

一週間に一編、詩を読んで感想など書いてみようと思います。

中原中也「サーカス」

石原千秋監修、新潮文庫編集部編
『新潮ことばの扉 教科書で出会った名詩一〇〇』より)

青空文庫での公開もされています。
中原中也『山羊の歌』収録

大好きな中原中也の作品がきました!

戦争が終わって間もないころ、砂埃の空き地に立つ一張りの派手なテント。
チープなアセチレンランプがビカビカ照って、
現実に疲れた人間たちを吸い込んでいく。
夜が明ければもう跡形もない、ひとときの夢。

きっと座席は固くて座り心地もあまり良くなくて、
テントや舞台もよくよく見れば長年使われてくたびれてきている。
ブランコ乗りだけは重力も現実も知らぬ顔。
頭上を駆け巡るブランコをテントの底から見上げる観客たち。
すべての頭が一斉におなじ方を向く様子を「鰯」と描写するのはさすがです。

ちなみに、中原中也が太宰治に「青鯖が空に浮かんだような顔しやがって」と食ってかかったのはあまりにも有名ですが、
たぶん人間を魚に喩える趣味があったわけではないと思います。

ともかく。
最終連にあらためてテントの中と外の対比をもってくるのがまた良いです。
入った頃にはまだ明るかった外がいつの間にか真ッ闇になっていて、
強い照明に慣れた目が夜に眩むよう。

ここではまだサーカスは続いているのですが、浸り切っていた夢から現実に帰るときの苦しいほどの寂しさを予感してしまっています。
夢を見ているときでさえも、現実は確実に心のどこかに巣食っている。
それを知りながらもあえて目を引き剥がしてブランコを仰ぐ。
自分は決して重力から離れることはできないけれど、サーカスを見たからといって生活の交々はなにひとつ解決するわけではないけれど、
それでも、あんなふうな自由さに触れて、胸を高鳴らせることができたから、
寒風吹くくすんだ時代を明日もなんとか生きられそうな気がするのです。

この中原中也の「サーカス」を読むたびに、
マルク・シャガールの「青いサーカス」の隣に、まるでキャプションのように掲げたくなります。
賑やかさのなかに感情を押しこめた雰囲気がお互いにすごくマッチしそうだと感じるのです。
「青いサーカス」のスポットライトを浴びるブランコ乗りが、なぜだか涙が出そうなほどに美しく。
シャガール、好きです。青色が深くて心の奥底から毛細血管へと染め上げていってくれそうです。

お読みいただき、ありがとうございました。
来週はサトウ・ハチロー「もうじき春よ」を読みます。

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