【読書録】外国語を身につけるにはDIY方式で。【今井 むつみ『英語独習法』】

年末年始、実家に帰省していた時に読んだ本です。
年の初めってなぜか学習意欲が高まりますよね。

著者の今井むつみ氏は、認知科学や発達心理学が専門。
この方の著書のうち、「言葉をおぼえるしくみ」は以前に読んだことがあります。主な内容は「こどもが母語を習得していくプロセス」について。
こどもの頭の中で語彙が積み上げられ、語法や文法の枠組みが作られ、周囲からのフィードバックを受けてダイナミックに「言語」が構築されていく様子に引き込まれました。

今回紹介する『英語独習法』には、そうした言語発達の研究成果や、著者自身の経験が活かされています。
日本語ネイティブとして育ちきってからでも——あるいは、育ちきったからこそ——使える外国語学習法。

本書の前半は、著者の専門分野である認知科学等の観点からみた「母語の獲得」と「外国語の習得」の違いについて。
後半は、そうした理論を踏まえた上での、具体的な英語学習の方法について。
本記事では、それぞれ所々をつまみながら、感想など述べていきます。
なお、おそらくですが、本書は「大学受験レベルの英語なら問題なく読解できる人」向けです。
登場する勉強法やツールを使いこなすには、ある程度語彙や文法の前提知識が求められます。

前半:「母語の獲得」と「外国語の習得」の違い

産まれたばかりの赤ちゃんが、2年くらい経つともう自分の意思で言葉を操り始めるの、改めて考えてみるとすごいですよね。
思い浮かぶのがイヤイヤ期の発言ばかりでアレですが、「帰る?」「かえらない!」「歩く?」「あるかない!」など、ちゃんと動詞の活用までできてます。えらい。
こどもはお腹の中にいるときからたくさんの言葉を浴びていて、聞いたり考えたりする能力を、たった数年間でめきめき母語に最適化させていくそう。
日本語の環境で育つと、生後1年も経たないうちに「L/R」の発音を聞き分ける能力はポイっとされるとのことです。
たぶん代わりに「ここ/公庫/高校」などの長音を聞き分ける能力がブラッシュアップされているんでしょう。

もちろん聞き取る能力だけでなく、言葉を使うためのありとあらゆる能力が、生後数年でがっちりと母語に最適化されます。そして、言語によって切り分けられる世の中の事物の認識の仕方も。

本の中で、こんな実験結果が紹介されていました。
細部が異なっているかもしれませんが、ご容赦ください。
まず、日本語を母語とするこどもと、英語を母語とするこどもに、「お星さまが回転しながらへ移動するアニメーション」を見せて、「お星さまがパルっているよ」と説明します。
(「パルる」はこどもの前提知識に結果が影響されないようにするための架空の動詞)
その後、「お星さまが点滅しながらへ移動するアニメーション(移動方向が合っている)」と「お星さまが回転しながらへ移動するアニメーション(様子が合っている)」を見せて、「パルっているのはどっち?」と尋ねます。
すると、日本語母語のこどもは移動方向が合っている方を、英語母語のこどもは様子が合っている方を「パルっている」と認識するとのこと。
つまり、動詞の概念として、日本語では「お星さまが(くるくる/ピカピカ)パルっている」、英語では「The star is palring (upward/downward)」とみなすのがしっくりくるようです。
(念のため申し上げておくと、「palring」は架空の動詞なので、スペルも適当です)

他にも、典型的なものとしては数の概念が挙げられそうです。
日本語では「これはどうやって数えるべきか」が無意識のうちに判断されて、どんなものにも「個/匹/枚」のような助数詞が付きますし、
英語では「これは単数か複数か無冠詞か」が無意識のうちに判断されて「a/ an」や複数形の「s」が付いたり付かなかったりします。
ネイティブにとって無意識なだけに、外国語として学ぶ時には苦労させられるところですね……。

おそらくラテン系の言語などにある男性名詞/女性名詞も、ネイティブにとっては使い分けを意識しないほど自然に根付いた概念なのでしょう。

英語なり他の言語なりを学ぶ時に重要なのが、こうした「言語の構造や概念に対する認知の枠組み(スキーマ)」が言語によって違うことを、しっかり頭に叩き込んでおくことなのだそう。
日本語の思考をそのまま英語に持ち込んでしまうと、文法として正しくても違和感のある文ができあがってしまうとのことです。

ちなみに英語のスキーマの一つ「過去形」について言うと、
やっぱりネイティブにとっても不規則動詞は鬼門のようです。
「過去を示すときは動詞に "-ed" を付ける」というルールを周囲の会話から発見して、
"go" の過去形を "goed" と言うのは、英語圏の子どもたちあるあるだそう。
興味深いのは、それまで「正しく」"went" と言っていた子どもも、このルールを発見すると、ルールのほうが優先されて "goed" と言うようになるという話です。

後半:外国語としての英語学習法

前半で見てきたように、日本語ネイティブの脳内は、日本語を使うのに最適化されています。
いわば手にしっくり馴染む急須と湯呑みです。
そこにいくら紅茶を注いでも、ティーポットとカップになるのはなかなかに厳しいものがあります。
たぶん湯呑み側も「なにその角砂糖!? 干菓子じゃなくて?」と言いたいでしょうし、紅茶側も「え、両手で持つの? 飲み口分厚くない?」と言いたいでしょう。
手間はかかりますが、おいしく紅茶をいただくには、ティーポットとカップを新たに作るのが吉です。

ということで、肝心なのは英語を学習する時には、きちんと英語のスキーマを作ることです。
その方法として本書で紹介されているのは、考えて、悩んで、悩み抜いて、行き詰まって、調べて、体得するという地道なもの。
スルッと飲み込める整理された情報よりも、自分で悩んだ末に「これか!」と掴んだ情報の方が頭に残りやすいそうです。

具体的には、洋画を英語音声・日本語字幕で観る。セリフが全て聞き取れるようになるまで何度も観る。どうしてもわからない部分があったら、英語字幕などで確認する。という手順が紹介されていました。
音声情報のほか、登場人物の表情や周囲の状況など、さまざまな材料から言葉を総合的に考えられるのが利点とのことです。
ちなみにジャンルは、ストーリーがわかりやすく、セリフも短めなことが多い、アクションものがおすすめだそうです。

ちなみに私は「ホグワーツ・レガシー」をちょうど英語音声・日本語字幕でプレイしていたので、ここを読んでしめしめと悦に入っていました。
今のところ新たに聞き取れるようになった単語は「poacher(密猟者)」「Centaur(ケンタウルス)」「Chinese chomping cabbage(噛み噛み白菜)」です。実用性はさておき。
あとは呪文もネイティブ発音でいけるようになりました。いつ魔法界に招聘されても安心です。呼び寄せ呪文の「Accio(アクシオ)」には自信があります。

それから頭を悩ませることも多い、類義語の使い分けや、前置詞の選び方、コロケーションについて。
英英辞典の例文を読んだり、オンラインのデータベースで検索したりといった調べかたがおすすめされていました。
オンラインで(かつ無料で)使えるツールとして挙がっていたのは、「COCA」や「SKELL」、「WordNet」など。
ちらっとアクセスしてみたところ、COCAはユーザー登録が要るようですが、それぞれうまく使えば役立つのはもちろん、遊びがいもありそうです。

終わりに

最近は、言語の獲得について、言語学について、言語と世界の認識について、といった本をよく読んでいました。
それらに基づく英語学習法を説いた本書もとても興味深く、一気に読み切りました。
上にも記したオンラインツールの紹介に加え、巻末には実際にそれらを使って調べる例題(探求)も付いているので、知らないツールをちょっと試してみるきっかけになるのも嬉しいところです。

さて、読み終えて以来、なんの映画を教材にしようか考えています。
アニメより実写の方が口の動きが分かりやすいかな、まずは簡単で気軽に楽しめるもの……ファミリー向けがいいかな、やっぱり何度も観るなら自分の好きなものじゃないとな、せっかくだからタイミングを逃して観てなかった作品に手を伸ばしてみようかな、などと色々考えた結果、
「ハリー・ポッター」シリーズ、「名探偵ピカチュウ」、「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」が候補に挙がっています。
今調べたところ、シュヴァンクマイエルの系譜を継ぐブラザーズ・クエイの短編集もAmazon Prime入りしていて、食指が動きました。もしかしたら分かる分からないが言語の問題じゃないかもしれないというのが懸念点ですが。

私の好きそうな洋画をご存知の方がいらっしゃいましたら、教えていただけるととても嬉しいです。

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