【しをよむ093】山之口獏「天」——重力はふわふわと曖昧な。

一週間に一編、詩を読んで感想など書いてみようと思います。

山之口獏「天」

石原千秋監修、新潮文庫編集部編
『新潮ことばの扉 教科書で出会った名詩一〇〇』より)

先週に続き、草に寝転がって空を見ています。
ここはもっと広々として静かです。
ところどころに浮かぶ雲が空の高さを示し、それよりもさらに遠くへ目を凝らしていくと青色に隠された星さえも見えそうです。

長い時間横たわっているときの、浮遊するような、落ちていくような、どんな向きでいるのかわからなくなる身体感覚。
「みおろしていると
 体軀が落つこちさうになつてこわいのだ」
が、その不安定さを思い出させます。
その前の「有名なものたちの住んでゐる世界」からの流れはコズミックホラーの様相すら。

この詩を読んで、ずいぶんと幼い頃に読んだ『にほんご』という児童書を思い出しました。
(リンクは出版元、福音館書店の作品紹介ページです)
「うえ、した、みぎ、ひだり」を説明するところで、
「わたしの『みぎ』と、真正面にいる人の『みぎ』は反対の向き」
「立っていると頭がうえ、逆立ちすると足がうえ」等に続けて
「寝転がるとうえもしたもなくなってしまう!」というのがあったのです。

私たちは陸地に命を置いて、重力に従って生活を営んでいますが、
ひょっとしたら、表面の7割が海に覆われているこの地球では、それはとてもイレギュラーなことなのかもしれません。
同じ哺乳類でも、クジラやラッコやアザラシなどは重力と浮力の両方を受けて暮らしていて、
そういえば私たちもずっと昔は羊水に浮かんでぐるぐる動いたりしていたはずで。

映画のエンドロールを眺めているとなんだか自分が落ちていっている錯覚を覚えるように、私たちが持っている重力の感覚ってなんだか不確かなものだなと思います。

これも以前に読んだ本なのですが、宇宙飛行士、向井千秋さんの夫が著した『女房が宇宙を飛んだ』で、
宇宙から帰ってきた向井千秋さんがしばらく「重力がある」状態に馴染めず、
手放したものが落ちる様を繰り返し繰り返し眺めていたり、
コップなどを渡そうとして中空にちょいと押しやったりしていた、というエピソードが書かれていました。
それを読んで「人間って『重力がない』状態にも慣れるんだ!」と
ワクワクしたのを覚えています。

詩の最後の二行
「僕は草木の根のように
 土の中へもぐり込みたくなつてしまふのだ」
で、ようやく地に足のつくところに戻ってきます。
ぎゅ、ぎゅ、と周りを土に固められているところはまるでお布団のような安心感。

ふわふわと雲に浮くように眠るのも、深い青色へ潜るように眠るのも、
重みのあるお布団にくるまれて丸くなって眠るのも、それぞれによいものですね。

空のひとも海のひとも陸のひとも、どうぞ心安らかに眠れますように。

お読みいただき、ありがとうございました。
来週はまど・みちお「おさるが ふねを かきました」を読みます。

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