【しをよむ071】伊良子清白「漂泊」——この旅人は人気投票上位に入ります。——

一週間に一編、詩を読んで感想など書いてみようと思います。

伊良子清白「漂泊」

石原千秋監修、新潮文庫編集部編
『新潮ことばの扉 教科書で出会った名詩一〇〇』より)

青空文庫での公開もされています。
伊良子清白「孔雀船」収録

一日の終わり、物語の終わりを感じさせる詩です。
もしかするとそれは旅人の旅の終わりなのかもしれません。

叙情は実に日本的です。
水の匂いや葦のざわめき、描かれていないはずの日焼けした畳の感触までが伝わってきます。
星月さえ、湿度の高い空に慎ましく鈍く。

それでいて、五七調を重ねた端正な連、美しく並ぶ対句、左右対称とでも言うべき構成は、漢詩の影響を色濃く受けたのかも……とも。

描かれているのは、うらぶれた一人の旅人。
彼が低く口ずさむ歌とともに、川辺の情景と故郷の思い出が混じり合う。やがて男の記憶は幼年時代に還り、夜の深みにひそやかに歌は紡がれる——
つまり一言で言うと、すごくエモいです。

最後、濃い夜の中のわずかに水面や葦が揺れるばかりの川と、繰り返されながら徐々にかすれていく歌声という映像が浮かびました。

現実を離れて遠い昔の暖かさに遊ぶ、彼にとっての幸せな終わりが美しくも切ないです。

これは世迷言だと思って聞いてほしいのですが、
詩の登場人物の人気投票をしたら、この旅人は上位に食い込むと思います。
これまでに「しをよむ」で読んだなかだと、あと私の中では「ミミコの独立」のみいちゃんが強いですね。

どなたか、詩の登場人物での空想遊びをいつか一緒にやってください。

お読みいただき、ありがとうございました。
来週は山村暮鳥「風景 純銀もざいく」を読みます。


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