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「おわり」との向き合い方

春が、嫌いだった。人との別れ、馴染んだ場所を離れること、あたらしい生活、そのすべてがわたしにとって耐え難かった。

2021年の春も例外ではなく、これから新しい生活がはじまることにワクワクしながらも、今の日常がなくなることに寂しさが募っている。明日の夜、3年ほど住んだ東京を離れ、地元の福島に戻ることになったのだ。(正確には、福島と東京の二拠点生活をする予定なのだけれど。)

理由はたくさんあるけれど、一番は大学以来ずっと離れて住んでいた家族との時間を増やしたいと思ったこと、だ。それに、今はほとんど会社にも通勤していないので、東京にいなければいけない理由はほとんどない。

私は、今まで自分の心を地元に向けたことが、実はほとんどなかった。高校のときは「なんにもないところだな」「はやく東京にでたい」と、ずっと思っていた。休みのたびに東京に出かけていたり、大学を決めるときも、「東京」以外の選択肢は一つも持っていなかったりと、地元への未練はあまりなかった。

そんなわたしが、家族のあるできごとをきっかけに、福島に戻ることになった。(これについては、いつか書くかもしれない。)東京に憧れを抱いていた高校生のわたしからしたら、考えられないような選択だと思う。でも、少しでも成長した(かもしれない)今の自分で、家族のためになにかできることはないかないか考えたいと、家族と向き合ってみたいと、思った。そしてせっかく住むのだから、今の自分が、地元のためになにかできることはないか、考えてみたい、とも思ったのだ。

わたしの地元ある福島県白河市が、「新幹線で東京から1時間もかからない場所にある」という安心感は、わたしがそこに住む選択を容易にさせた。「気軽に戻ってこれる」「月の3分の1は、東京で過ごそう」「会いたい人がいたら、すぐに会える」。そうして選んだけれど、周りの人が口を揃えて「寂しい」と言ってくれるものだから、わたしの中の寂しさまでもが、東京を離れる日が近づくにつれて、日に日に大きくなっている。

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わたしはいま、東京でソーシャルアパートメントという、いわゆるシェアハウスに住んでいる。湖のほとりにあるこの家と、ここに住んでいる人たちが、生活が、大好きなので、忘れないように、また思い返せるように、ここに書き残しておきたいと思う。

昨年の夏、駅の改札を出ると広がる大きな湖に一目惚れして、ここに住んだ。

「自然が豊かなこの場所に住みたいと思う方たちなので、このアパートに住んでいる人は、みなさん心穏やかで優しい人が多いんですよ」

そう、不動産屋のお姉さんに言われて、即決した。

コロナ禍に都心の1Kの部屋でずっと一人で暮らし、リモートワークをしていたわたしは、もう人とのつながりがない世界にうんざりしていた。そして、その生活をどうしても終わらせたかった。わたしのコロナ禍の日常を豊かにしてくれたのは、間違いなくここでの暮らしのおかげだった、と本当に感謝している。

朝、ラウンジにいると誰かが必ずいて、珈琲を入れながら他愛もないお喋りをする。「今日はリモート?」「いい天気だね」「何作ってるの?」

お昼ご飯を食べながら話す、仕事の話。「最近どう?」「忙しいの、落ち着いた?」

ワーキングルームで聞こえる、頑張るみんなのタイピング音。

廊下ですれ違いざまに発する「やっほ〜」や「こんにちは」、「いってらっしゃい」と、「おかえり」。


その「ゆるいつながり」が、ときどき悩んだり落ち込んだりするわたしを、たくさん助けてくれたこと。思ったことを、考えたことを、その日あったできごとを、シェアできる人たちがいた幸福。家族や恋人でもないけれど、家族”のような”人たちの存在に、このコロナ禍で出会えたこと、年が変わる瞬間を一緒に祝えたこと、この8か月間を一緒に過ごせたこと。どうか忘れませんように。


そんなわたしの寂しさを救ってくれた言葉がある。ちょうど昨日、ポストに届いた、ベトナムで出会った由唯さんの本の中の一節だ。

大好きな「紙」をテーマに、303日間世界を旅した由唯さんがリトアニアの片田舎で過ごした夜、日記に綴っていた言葉、だそう。

“たとえ数週間だったとしても、私の人生にこんな日々があることを幸せだと思う。” (世界の紙を巡る旅 / 波江由唯)


別れがあったとしても、永遠には続かなかったとしても、終わりがあったとしても、その瞬間は、確かにわたしの中に、わたしの人生に、「存在」したのだ。そしてその「とき」があったからこそ、今のわたしがいて、これからのわたしがいるのだ。それがなかったら存在しない今があったり、これからがあったりしうるのだ。

そう思うだけで、ちょっと心が軽くなった。わたしが大好きな場所で、大好きな人たちに囲まれて、豊かに生きた東京での生活。その月日は、たしかにわたしの人生に、存在したのだ。

あたりまえのようなことだけれど。そんなことを思ってわたしは、東京最後の夜に、安心して眠りにつく。


いつも見てくださっている方、どうもありがとうございます!こうして繋がれる今の時代ってすごい