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東京の街の“寂しさ”が、東京を愛するわたしをつくった

「東京にいる君は、なんだか大人になったね」。久しぶりに会ったその人は、わたしにそう言った。

もしかしたら“大人になってしまったね”と、訳するほうが正しいのかもしれないな。


その人とは、わたしがまだ社会人になる前に浅草のゲストハウスで出会った。まだまだ社会のことも何も知らずにヘラヘラしているわたしに「君はいつも幸せそうだからずっとそのままでいてね」と、笑顔で言ってくれた人だ。ベトナムに住んでいたとき、隣のタイに住む彼は、わたしのことをいつも楽しさの渦に巻き込んでくれた。そして人生の面白さや、ときに“独り”の楽しさを教えてくれた。(前にその人のことを書いたことがある)そんな彼が、雪の降る2月の東京に突然やってきた。

エンジニアをしながらリモートワーカーとして世界を旅している彼は、もう半年以上ホーチミンに滞在していた。「1か月に一か国」。そう決めていた彼の計画は、まったくもってあてにならなかった。もうホーチミンに一生住むのではないか、とも思っていた。

そんな彼がある夜に「日本でカフェをやりたい」と連絡をしてきた。ちょうどわたしの友人が、ゲストハウスの1階にあるカフェのオーナーを募集していることを伝えると、「じゃあとりあえず日本に行くね」と、すぐに3日後のベトナムエアラインのチケットを購入した。

彼にとって飛行機に乗ることは、もう電車に乗るような感覚なのだろう。


***


わたしが日本橋のベローチェ(カフェの中で一番好き)で作業していると、彼は寒そうに入ってきた。わたしを見るなり「ベトナムにいたときの君と違うね」と言い、隣に座った。(ベトナムでは動きやすい格好しかしていなかった)

「日本でちゃんと会うのは初めてだね」と、不思議な気持ちになりながら、わたしは東京での生活の話を最初から最後までぜんぶ、話した。


ベトナムに住んでいたときに夢見ていた文章を書く仕事をしていること。エンジニアの彼を見て憧れていた“好きな場所で仕事ができる”こと。好きな人たちに囲まれて、毎日とても幸せで満ち足りていること。情報に溢れた東京での仕事に楽しさを感じていること。面白い人がたくさんいる東京で、素敵な出会いがたくさんあること。ベトナムのようにクレイジーなクラクションが聞こえない東京の街に、ときどき寂しさを感じること。

止まらずに話し続けるわたしを見ながら彼は、ウンウンと頷きながら、たまに驚いて、最後に少しだけ寂しそうに言った。

「今の君はなんだか、僕のもっともっと上の、もう手が届かない場所にいるみたい」。そして続けて彼は言う。「僕はいま、人生の迷走中」。

去年から旅をしている彼は。世界を見たいと言っていた彼は、どこかで落ち着くことを望んでいた。「自分の荷物を置く場所と、ただいまと言える場所が欲しい」と。たくさんの出会いが彼を楽しませても、恋人もつくらず自由に生きる彼は「居場所が欲しい」と言った。

いつも友人に囲まれて、たくさんの人から愛されていると言うのに、孤独を感じる彼がわたしは不思議でたまらない、そう言いながら、彼が感じているそれは、自分が東京に帰ってきたばかりの頃に、心のどこかで感じていた“寂しさ”と、どこか似ているのかもしれないな、と思った。


「東京はどうしてこんなに寂しいの?歩いていたら、自分の足音が響いた」

「冬の東京は、寂しい」

「どうしたらこの東京で、寂しさを感じずに暮らせるというの?」


あたたかい気候と、賑やかな国で育った彼は、東京の寒さと静けさを不思議に感じたのだろう。

***

出会った頃も、タイで再開したときも、ベトナムで会ったときも、ずっとずっと、わたしのことを子どもだと思っていた、と言う彼が、日本を離れる最後にわたしに今までにないくらい長い長いメッセージをくれた。

「ゲストハウスのスタッフだった君が、今は自分の好きな仕事を、好きな場所でしている」「君は人生で成功できると、僕は確信している」「僕は君をほんとうに尊敬する。ほんとうに」。

彼が言う“成功”がなにか、わたしにはわからないけれど。ずっとずっと手が届かないと思っていた人が言うその言葉は、嬉しくもあり、同時になんだか寂しくもあって、帰り道に泣いた。

憧れに手が届いてしまったような瞬間だった。

そんな彼の言葉を聞いて、想う。わたしは東京の街に馴染むくらいには大人になったのだと。

それでも、ベトナムの騒音や、低い椅子に座って食べるご飯、手作りチックな小さなカフェも、大好きで。まだ密かに東南アジアに住みたい願望や、世界中の人が集まる素敵な場所をつくりたい願望だって忘れていないんだよ。


そう思いながらも、毎日せっせか生きている東京の街での生活。


それは、ベトナムに住んでいたときに思い描いていたよりもずっとずっとずっと、愛おしくて手放したくないものだ。

いつも見てくださっている方、どうもありがとうございます!こうして繋がれる今の時代ってすごい