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憧れは煙になって消えた

わたしの祖父は、煙草を吸う人だった。
吸っていたのは、昔ながらの紙煙草。
祖父母の家に遊びに行くと、祖父はいつも、玄関でおいしそうに煙草をふかしていた。

ある時、祖父の家に遊びに行くと、素敵なパイプがあるのを見つけた。
黒いケースに収まったパイプは、べっ甲柄がつやつやしていて、なんだかとてもかっこよかった。

探偵とかワルの親分が、パイプで煙草をふかしている描写が、物語にでてきたりすることがある。
すごい、本物ははじめてみた。
さわってみたいけど、怒られるかな。

祖父母の家は農家だったので、昼間はだいたいお外で畑仕事をしていた。
その時も、祖父母は畑に出ていて、家の中にはわたし一人だけだった。

琥珀色のパイプが、わたしを誘惑してくる。
いつか物語にでてきた探偵さんみたいに、これを咥えてみたら、大人みたいでとってもかっこいいんじゃないかな。

わたしは、おそるおそる祖父のパイプに手を伸ばした。そして、そっと口をつけてみる。

ぐえっ、にっが!!何これ!!
わたしの憧れは、一瞬で裏切られた。

最悪。今までにないような、苦くてヘンな味。
口の中にイヤな感じが残っている。

わたしは、慌てて口を離すと、パイプを元の場所に戻した。

こんなおいしくないもの、おじいちゃんは吸ってたのか。嬉しそうな顔してたのにな。
わたしは、おとなになっても、絶対こんなマズイものやらない。

わたしのパイプへの憧れは、煙のように跡形もなく消えさった。
そして、あの頃固く胸に誓ったとおり、とっくに大人になった今でも、わたしは煙草を吸っていない。





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