『三昧発得記』私訳1

法然上人はご往生の時に空中に極楽浄土のすがたや阿弥陀仏をご覧になっておられたが、それは口で称えるお念仏の功徳であった。(それまでは口で南無阿弥陀仏と称えるのではなくて観想念仏によって観ようとするのが修行だったからである。これは簡単に極楽に行ける道を開いてくださったので本当に有り難いことである。)

法然上人の身の回りの世話をしておられた源智上人がそれを記録され、法然上人が極楽往生された後、つまり亡くなられた後に高野山の明遍上人がそれをご覧になられとても有難いものだとうれし涙を流された。
のちにそれを本所(おそらくは高野山か)に送られたという。その原本を見たわけではないが、いま写本があったのでそれを書き写した。

建久9(826)年のお正月に法然上人は七日間の特別念仏時間(別時)を設けられた。初日には明るい、明るくなるという体験をされた。

2日目には水をイメージしてそれが氷となり、氷がラピスラズリのような青い地面になるという瞑想を成就された。法然上人はだいたい、七日間のうちに極楽浄土の大地はラピスラズリの青い地面であるというのをご覧になられた。

2月4日には明らかにラピスラズリである青色の美しい極楽浄土の大地をご覧になられた。

6日の夜遅く(7日の明け方)にはらラピスラズリである青色の美しい極楽浄土の建物、宮殿をご覧になられた。

7日の明け方にもそれらが見えたということでご覧になられた。

総じて水をイメージすることから始めて、それが氷になり、ラピスラズリ色の大地になり、それが極楽浄土の大地となりそこに極楽浄土の宝の池や宝の建物などが見えるというの五種類の成就があったのは、正月元旦から2月7日までの37日間の間の事である。毎日七万遍の称名念仏を唱えた功徳によってこれらの奇瑞があったのである。

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