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英国紳士と武士道

とあるイギリスの田舎町のスーパーマーケットで、
トイレにつながるドアに入っていった、このソース顔の男性。
このドアの前で待ち合わせをしていた私は、この男性が入っていったのをなんとなく覚えていた。

体感時間20秒もないくらいで男性が急いで戻ってきた。
「もう終わった?手洗った?」という余計なお世話が頭に浮かんだのもつかの間。
彼はドアを開いて何かを待った。

ヨタヨタ歩いて出てくる足の悪い老人に気づき、そのドアを開けるためだったのだ。
1歩歩くのに20秒くらいかかる老人、手前にいるのはその妻。
その老人が完全に出終わるまで、彼は嫌な顔一つ見せず、ドアを開けて待ち続けた。
そして、老人が出終わったあと、さっそうと用を足しに戻ったのだ。
どんなヒーローよりもかっこいい。

「ドアを開けてあげる」というのが、レディーファーストというかなんというか、イギリス人の9割9分はそれが当たり前になっている。
恋人や家族に対してだけでなく、他人に対しても。
男性だけではなく、小さい男の子や女性までも、その文化には倣っているようで、まだ片手でテディベアを持っているような子供まで、私たちにドアを開けて待ってくれる教育がされていることには、毎度びっくりして何度もお礼を言う。
「さすが英国紳士の国」とも思うのだが、やはり一部のイギリス人には根強く「他国を差別する」という遺伝子(もしくは教育)が残っていることは体感して分かっている。
なんなら差別が見え見えの取引先の男性が、
私が商談から帰るときに率先してドアを開けることだけは当たり前のようにしてくれることだってある。
別にそれはそれでいい。
好き好んで仕事に来ているのはこちらなのだから。

先のソース顔の男性はどうなのだろうか。
用を足す、という生理現象に抗ってまで、男性に手を貸してあげる。
相当の心の余裕がないと、ここまではできまい。
仮に、彼が、自分をよく見せようとしたことであったとしても、
何の見返りも求めず、赤の他人にしている親切であることは確か。
本当の英国紳士を久しぶりに見た気がする。

数分後、戻ってきた彼は、ちゃんと手は洗っていたはずだ。

先の大戦がはじまったとき、日本は優勢だったと私が知ったのは最近のこと。

日本の航空隊からの攻撃で、イギリスの「プリンスオブウェールズ」という不沈艦隊といわれる船をしとめた。
空からの攻撃で船が沈むとは当時考えられなかったくらいの一大事だったようで。
沈没していく船で英国兵が思ったのは「生き残った兵士も全員殺されるだろう」ということ。
その想像とは裏腹に、日本兵は、空の上で待機し、全員が救出されるのを何も攻撃をせずに待っていたそうだ。
30分も待機すれば自分たちのガソリンが危うくなるということは二の次にして。

そして、英国のキャプテンはその船と共に責任を取って沈んでいったそう。

そのキャプテンに航空機は一機ずつ敬礼をし、帰っていった。
次の日、また沈没した場所へやってきた日本軍は、空から、花束を落として、英国兵を敬い、弔った――――――――――

この話の他にも、沈没していく他の船から英国兵を救助し、
力尽きそうな英国兵のために、自ら重油にまみれた海に降り、抱きかかえて船の上にあげてあげることもあったようだ。
少なくともこの時の日本は、日本にふりかかる「兵器」を壊したかっただけ、人を殺したかったんじゃない。

日本が優勢だったため、心に余裕があったため、の行為だったかもしれない。
この行為に関して「ジャップとバカにされている日本をよく見せようとしたかったため」と書いている記事もあったと思う。
それでもいい。
そんなことよりなにより、命を何よりも大事に考えていたのだ。

戦後何十年も経って、これらの当時の日本の「武士道」を新聞に投稿し、アメリカの日本ヘイトの風潮を下火にさせてくれた元海軍兵がいるようだ。
この海軍兵も勇気がいったことだろう。

日本の電車に乗ると、どう考えても高齢の人を前に、
我が物顔で座席に座り、スマホでゲームをしている大人がたくさんいる。
意外なことにインテリそうに見える(必ず薬指に指輪をしている)人に特に多い。
もうすぐオリンピックを迎える国の国民はこんなに心が貧しいのか。

「いい人に見られたい」という気持ちが優先してもいい。
自分より長く生きて、いろんな世界を見てきた先輩に、
自分の人生のほんの10分、リラックスしてもらえる時間を
プレゼントしたい。

ガソリンがなくなりそうな戦闘機に乗ったまま、
もしかしたら自分たちが攻撃されるかもしれない中、
敵が救出されるのを空から命がけで見守ることなんかより、
よっぽど簡単なこと。

まずはこんなことから、日本人であることに誇りを持てる日本に住みたい。

今日のソース顔の青年はきっと起源はイギリスではないはず。
けれど彼の凛とした表情は、
イギリスに誇りを持って生きているように見えた。

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