見出し画像

新編『サクラ🌸カナタ』Prologue

※(2019/06/21 更新02)

 西暦2431年6月。

    人類が宇宙へのフロンティアを忘却の彼方に置き去りにしてからの2世紀という期間に、機械工学、バイオテクノロジー、ナノテクノロジー、素粒子物理学を中心とした諸分野の研究開発は新たなステージに到達しようとしていた。
かつてSF小説や映画の中だけで存在していた未来的とされるあらゆるものが実用化の域にまで達し、その目覚ましい発展によって誰もが新しい時代を予感していただろう。
    しかし、それは突如始まりを告げる。後に『カドゥケウスの戦役』と通称される人類史上初の、NCD兵器による破滅的な規模の破壊活動とその前後に起こった動乱だ。

 インターネットが通る海底ケーブルが各地で断線、続いて地球の周回軌道上に存在するあらゆる人工衛星が無差別に次々と破壊され、国家はスタンドアロンと化した。国境を越えた広域的な情報の目を失い、マクロな規模での混乱は勿論のこと、携帯端末を使用する市民が急増し、大量のトラフィックは瞬く間に回線をダウンさせていく。

 一向に回復しない状況の中、集団的な不安の継続は漠然とした混乱から次第に暴動へと移り始めた時、追い打ちをかけるかのように現れ各国の軍事施設、政府施設、大都市圏を蹂躙してまわった9体のNCD(Neural Control Doll)と呼称される所属不明の強力な兵器の存在は特筆しておくべきものだろう。

 『カドゥケウス』。 彼らを象徴するとされるもの。9体のNCDにあしらわれていた翼の生えた赤い杖と2対の蛇は、ギリシア神話におけるオリュンポス十二神の一人、ヘルメースの持ち物に由来した”伝令使の杖”だ。現代でも一部で一般的に用いられている既存のそれとほぼ同じ形状であり、これだけで彼らの思想や動機などを推し量ることは今のところ難しい。

 だが少なくとも、計画的で同時多発的なテロリズムによる行為は、それまでの政治的な駆け引きと危うい国際秩序のバランスをいとも簡単に突き崩したのだ。
その結果、ある地域は誘発された内紛で国が分裂し、またある地域は混乱に乗じ独立した武装組織の勃興と侵攻を許し、領域の主権が不安定になったことでそれらの組織に付け入る隙間を生み出した。
今もなお戦役勃発以降、残り火の1つとして燻り続けている問題の1つだ(幸いにも我々の国は戦火を免れ一次被害を受けなかったが)。

 それから半年が経った2432年12月。主導したと思われる組織からの犯行声明も出ることはなく、その混乱自体が目的であったかのように、9体のNCDは忽然と姿を消す。
始まりから全てが単一の組織によるものであったのかすら明確にならないまま、一連の戦火による二次被害を含めた膨大な死傷者数により、人類はその数を大きく減らすことになったのである。
また、致命的なまでの自然環境の消失は大陸レベルで各地域を砂漠化させ、乾燥した無味の大地に舞い上がる砂塵は砂嵐となり、今や世界の約4分の1を覆うほどの大きさにまで成長している。

 あとには、NCD兵器の動力から漏れ出ていたあの朱い粒子の拡散による汚染された資源と大地と空、それだけが残った。

『ウィリアム・シュミットの手記1』より


※こちらから絵とか閲覧できますん↓『サクラ🌸カナタ』イラストと設定資料(新旧)|ぱれっと @Palette_2501|note(ノート) 


より活発な創作活動のためご支援募集中です!