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学生時代の先生が突然訪問してきた

私の家には基本誰も訪問してきません。
会う友達もいないですし、知り合いも遠くに居たり、
時たまの新聞会社やセールス、宗教勧誘以外で実家暮らしの私に会いに来る人は本当に何年もいません。


ですが昨日突然の来客がありました。
来客に何か慣れていないためよれよれのパジャマで髪もぼさぼさ、
とにかくマスクだけして玄関に出ることに集中していたように思えます。

訪問してきたのは中学時代の先生でした。
近所に住んでいることは一度学生の時に招待していただき知っていたのですが、それから不登校の私はできるだけ距離を取って会うこともないままでした。

その方はとてもユニークな経歴を持っていて学生時代は素直にすごい人だなと思っていましたし、創作活動が好きみたいでとにかく多岐にわたって行動している方でした。

それでもって意見をズバズバ言い自分軸をしっかりもってるような方で少しあこがれもあったかもしれません。

何十年ぶりというのにその方は全然変わっていなくて、私は驚きと自分の容姿の恥ずかしさで一杯でした。

久しぶりという世間話をしてから、自身がやっている講座に来ないかという誘いをするために訪問したということが分かった。
無理に参加しなくてもいいから今週お茶でもしないかという誘いも受けた。
その場では実際は空欄の予定日しかないが、予定の確認をしてから連絡しますと言い、電話の交換をして帰って行った。

私はどっと疲れを感じていたのと同時に断り方を考えていた。

昔のことを思い出すのはかなり辛い。
いいことがなかったのかもよく分からないくらい、記憶は辛いこと苦しいことで埋め尽くされていたので。

それでも昔だったら私は誘いを受けていたように思う。
今よりも素直さがあり、好奇心の向くほうへは行ってみる主義だったから。

今は違う。

その方がいい人か悪い人か、はたまた、信じれるか信じれないかという判断を私は出来なくなって、全てが悪い方に思えてしまうのだ。

もしかしたら…
お金の為にこちらに近づいたのかもしれない
実際は変な勧誘の手下かもしれない
誰でもいい相手を探してたら私が近くに住んでるからかもしれない

そんな雑念が渦巻いて傷ついたり後悔するくらいなら関わらないという決断を下して何も始めれなくなってしまうんです。

正しい判断が出来ているのかいないのか、それ際もよくわからない。

ただ普通の人の感覚とは程遠いのかなって。

だから友達も作れないし、団体社会で生きるのも無理。

もう少し柔軟性があったらよかったなってつくづく思います。

そんな出来事の記録です。


だったらソロ活出来るように極めたいし、極めなきゃな~ってこの頃目標に掲げてます。

それさえも今はできないので。


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