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【比良山荘でひらひらり】

滋賀県にある比良山荘は、月鍋(熊鍋)で有名な料理旅館で、これまで4度程訪れたことがある。冬の熊や猪だけでなく、夏は鮎が旨い。どの季節に訪れても、旬の食材を堪能できるのだ。残念ながら、亡き夫ぽんとは行けていないのだけれど、それを差し置いても善き。写真は滋賀県信楽の巨大狸さん、フグリからのアングル。ああ、我が冷蔵庫や冷凍庫には、思い出が残りがち。


2009年2月某日(まだ独身だった頃)
【くまー!】
雪のふる中、比良山荘へきょうだいで行ってきました。お目当ては猪熊鍋。熊肉は初体験なので、楽しみでした。
宿に到着。外観は落ち着いた料理旅館の雰囲気で、玄関先からは厨房の活気が感じられます。宿泊したのは二階、雉子の間。二部屋続きと広く、あたたかみのあるストーブが迎えてくれます。
家族風呂は二つあり、窓を開けて雪景色を愛でつつひと風呂あびて夕食へ。1階、春の間(障子にエンレイ草やハシリドコロなど山野草が描かれています。)での夕げとなりました。

鮎のなれ寿司、鯉の白子餡
岩魚、鯉、鹿肉の刺身
岩魚 木の芽焼き
猪熊鍋 セリ、菊菜、ウド、ネギ、きのこ、トチモチ、うどんなど
天ぷら 骨せんべい ふきのとう
ごはん 鯉こく 香の物
ゆずアイス イチゴ
カリン酒 

山の宿らしく川魚や山菜、狩猟でとれたものが、新鮮な形であったり、滋賀ならではの保存食や発酵食品に姿を変え運ばれてきます。酸味が生かされたクセのあるものも多いのですが、酒飲みにはたまらない・・・
お酒は地酒の「辛から」「不老泉」などをいただきました。凍らせた青竹にお酒が入ってくるのも、風情があります。

鮎のなれ寿司は鮒寿司好きにはたまりません。鮒寿司よりも匂いやクセがなくてあっさりしています。
鯉の白子は初体験ですが、餡仕立てで食べると体がぽかぽかしてきました。
鹿肉刺身は、シルクのような舌触りで、もちっむちっとした密度の高い赤身肉です。かすかに鉄分の味がします。
岩魚刺身、鯉の刺身はこりこりしこしこしていて、全く臭みがない。添えられた岩茸が面白く、山葵もおいしい。鯉は宿の池で何年か泳がせて臭みをとるそうです。
岩魚 木の芽焼きは皮がぱりっぱりで、中はしっとり。骨抜きされていて、ぱくぱく食べられます。その骨はあとで骨せんべいとして供されます。

で、メインイベントの猪熊鍋・・・これがもう、くまー!でした。
宿の方が絶妙のタイミングで鍋を作ってくれます。説明も、距離感も、おしつけがましくなく、それでいて食材や料理への愛情が感じられる気分の良いものでした。
熊肉はクセがなくて、アクは殆ど出ないし、脂ギッシュでもなく、純粋なぷるぷるのコラーゲン質を堪能できます。冬眠前のしっかり太った月の輪熊だそうです。やさしい甘みで、あっさりしたすき焼き仕立てのスープとよく合います。
鍋の野菜達も渾身のうまさで、選択の仕方が心にくい。ウドのさわやかさ、菊菜のみずみずしく、ぷちっもちっとした食感、セリのきりっとした香り・・・香味野菜ラヴです。とぅるっとしたきのこ、野趣溢れるトチモチは、おなかがいっぱいになりつつあるのに、胃の腑につるりとおさまります。
熊肉を食べ終えたところで、猪肉へ。猪肉がこれまた驚愕の猪肉・・・熊肉よりも甘みが濃くて、弟曰く「卵をつけていないのに、卵を絡めて食べているような味だ・・・」うまく説明できませんが、まさにすき焼きの卵の味がするのです。不思議ー・・・鍋の〆はうどん。お腹がいっぱいなのにお箸が止まらない・・・
もう、おなかがはちきれる・・・しかし、ご飯も粒がそろってつやつやぷちぷちと飲み込めてしまい、近江米っておいしいなあと思いました。鯉こくというと多度大社のふもとの 「大黒屋」のようなポタージュ的なものを想像したのですが、さらっとした味噌仕立てでさっぱりといただけました。
今回予約時に熊肉多めで注文しましたが、で、お皿にのってきた猪&熊肉を見たときは、4人で食べるには少ないかも?きょうだいで取り合い(笑)になるかも?と危惧しましたが、たっぷりの量でした。悔いが残らないほど熊も猪も満喫できました。

ちなみに、朝ごはんは、夏の間で庭を眺めつつ。これまた、すてきな朝ごはんでした。

お粥
鹿肉団子とカブの炊いたの
熊肉味噌漬け
出汁巻き卵
高野豆腐、しいたけなど炊き合わせ
梅干、へしこなどの漬物 
白和え
などなど

もてなされている気分をしっかり味わえつつも、ほっこりした空気で家にいるようにくつろげます。
そして、生き物を食べる・・・新鮮なものは新鮮に、あとは保存食として大切にいただく・・・「食べる」ことの丁寧さを感じました。
違う季節にも行ってみたいし、また猪熊鍋が食べたいです。


2017年6月某日(結婚し、夫を看取って2年が経ち)
【暗い穴と西瓜のような香気】
我が冷凍庫には、アンコ入りのよもぎ餅3個が眠っていて、生前の夫ぽんが食べたいと購入したから、未だに捨てられずにいる。供養のために解凍して食べることも考えたが、私は甘いものが得意ではない。ゆえに、ずっと深く眠りこけている。まあまあ場所を取っているから、目を瞑って、えいっと放棄したいのに、ままならぬ。

この土日は滋賀県の「比良山荘」へ鮎食べコースを喰らいに行ってきた。土曜日の昼は「みくりやうどん」で三元豚カツカレーうどん(あう~ボリューミー、出汁に甘さが無いのがナイス)を食べ、あちこち寄りながら(「ピエリ」の無重力マッサージ機10分200円はなかなかだ)現地へ向かう。
炭火で絶妙に焼いた鮎は頭からハラワタまで、ミルキーに食せて、気がつけば、鮎ご飯に向けて8尾ほどおさまる。最初に温かい蓴菜汁物、八寸・・・青梅煮、子持ち鮎なれ寿司、イワナ寿司、筍、ミズ(ウワバミソウ)などでついばみ、途中、鯉の洗いと炙り鰻、熊(しっかり保存されたもの)&花山椒鍋もいただき、ヒートアップする。焼きたて次々の鮎は、ビール!そして柔らかい苔の香り。

翌日の朝ごはんは、鯉の味噌漬け焼き、だし巻き玉子、山菜白和え、筍とオクラ赤出汁、椎茸・赤こんにゃく・揚げ生麩・高野豆腐の炊いたのなどを白粥で。
それから「朽木旭屋」にて鯖寿司・真幻(まぼろし)を購入して、「くつき新本陣・道の駅」の朝市で、まだ温かなキーマカレーパンをかじり、近江神宮を巡り「ちはやふる」御神籤(おみくじ)で「忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで」を引き当てた。おあと、唐崎神社(清々しく小振りで精緻な心地よい神社、茅の輪や団子守りはしみじみ良いのだ)に寄り、近くの蕎麦屋「松永」で薬味蕎麦とさつま揚げを食べ、御手洗団子発祥の「寺田物産」のみたらし団子(おじいちゃんが、奥さんにせっつかれながら、のんびりと団子を焼くのだ、あっさり甘辛醤油味)を購入した。

私の近くには、暗くて深い穴があり、そこにはおむすびころりんな感じで、あなたへの思慕が転がり落ちる。ま、このまますべからく我がままに、現世を堪能して行くさ。たとえ、あなたが同一平面上に居なくとも。


2017年3月某日
【まさか、熊の爪を貰う日が来るとは】
週末は滋賀県の鯖街道を北上し月鍋(ドングリや木の実をたんと食べた月の輪熊の鍋)を食べに出掛けた。土曜日昼間は「近江ちゃんぽん茶屋」で、近江ちゃんぽん(野菜たっぷりで、スープがするりとシャープで柔らかい)、葱Wトッピング、ニンニク、生姜で食べ、さらに抜群の餃子も頼む。
夕方にまだ雪の残る、そして流量の多い清らかな水路の流れる「比良山荘」へ到着し、風呂にはいる。夕飯は、八寸(蕗の薹の天ぷら、アマゴの稚魚の南蛮漬け、鹿肉のロースト、タテボシ貝の黄身酢かけ、鮎のなれずし、鯉の卵煮付けなど)、鯉の洗いと琵琶湖鰻の炙り刺身、ぱんぱんに膨れた焼きモロコ、熊の掌のスッポン煮込み(ああ、ゼラチンの競演だ、月とすっぽん)、月鍋(芹、葱、熊肉、味噌味にチェンジして猪肉、栃餅、うどん)、シャクシャクした漬物とご飯、水物をいただく。薄いふわふわした熊肉の脂身は卵黄のような甘さがあり、ツルリと喉を落ちる。


旅館の二つある浴場のどちらもに、人が集まっている。左側の風呂場はすでに男女と子供達の家族2〜3組が入っている。右側も混んでいて半裸の人々の行列があり、タオルで身を隠しつつ、かしましく喋りながら並んでいる。
気がつくと、そのまん中から岩の階段が出現していて、洞窟っぽい階下へ降りて行くと、広々した運河のような川の温泉がゆっくりと緩やかに流れている。イタリア系の女性が多くて、色とりどりの水着を着て入っているが、私はたぶん川面の揺らぎがあるからわからないだろうと、裸のまま川に浸かる。
熱くはなく、さりとて冷たくはなく、ぬるいような温かな冷涼でピリピリしたお湯が沸いている。白い肌が水色〜青緑色の揺れる川面から透けて浮かび、私は立ち泳ぎしながら、岸の縁(ふち)に掴まる。底は無く、ぷくぷくと泡が足元から浮かび上がり、ラジウム泉だなと感じる。心地よくて、肺癌で放射線治療を受けていた亡き夫ぽんにも、浸かって欲しかったなあと思う。きっと安らいだはずだから。

他にもいくつか夢を見て、うっとりと目覚めた日曜日朝は、風呂に浸かっては二度寝して、蕗の薹味噌、鯉の味噌漬け焼き、だし巻き玉子、揚げと青菜の炊いたの、ヘシコ・梅干・牛蒡の漬物、赤こんにゃく・高野豆腐・椎茸・海老芋の炊き合わせ、鹿肉の佃煮、揚げ麩の味噌汁、白粥を食べた。
チェックアウトのあとは、「栃生梅竹」で鯖寿司を購入し、くつき本陣・道の駅の朝市で揚げたての温かいカレーパンをもちもちザックリと頬張り、他の道の駅でワケギ、葱、茗荷、パクチー、レタス、三つ葉、芽キャベツ、芹、大黒しめじなどの野菜を買いに回る。
昼は「クラウン」でお好み焼きのミックス玉と、焼きそばを。お好み焼きは、ふわふわと柔らかく、油と生地と微塵切りのキャベツ、それから海老、イカ、豚肉が一体化しており、互いに何も邪魔せず、溶けてゆく。焼きそばは麺が弾力を保ちながら、やはり具材とうまくあいまってゆく。
まだ、食欲に火がついていたので、道の駅あいの土山の横のたこ焼き屋でたこ焼きを店内で食べる。あちちで外側の薄皮はカリッと、天かすのとろける中身は、もにゅっと旨い。帰路につきながら、立ち寄った本屋で亡き夫ぽんの親友と偶然出会い、無事三回忌を終えたことに関して挨拶を少し交わす。何らかの引き合わせかなあ。

そう、そういえば「比良山荘」で熊の掌を食べた記念に、熊の爪をいただいたのだった。黒く鈍く光る、鋭い爪の鞘に、中は食べしゃぶった爪先の骨が収納されている。帰宅して、その素敵な爪を、そっと亡き夫ぽんの祭壇に供えた。そして私はつい噛んで短くしてしまうガタガタの情けない我が爪(なんの攻撃力もありゃしない)を、心の中で研いで、日々の暮らしに帰る。


2019年4月某日(平成から令和へ)
【あとはよろしく】
バトンタッチのための儀式がテレビで流れる。子供のいない私は、あまり未来を考えた事がない。ついでに過去もさほど鑑みたことはない。けれどもテレビでは、平成を振り返り、令和を待っている。不思議な光景だ、別に今日と明日で何ら時間軸は大きく隔(へだ)てられているわけではないのにな。
だけれど日本の元号が代わる流れに則(のっと)って、未来を祈ろう。患者さん達の中には若い人も年老いた人もいる。そのひとりひとりが、自らの苦労を課題として、どうぞ生きていることを寿(ことほ)げますように。弱さを絆に繋がれますように。おまけとして、私が私としての役割を世界に果たせますように。
亡き夫ぽん、あなたはこの世を去る3日前に、「あとはよろしく」と言い残した。あれから4年以上時間は経たけれど、私は未だに何もよろしくできていない。このまま何もしないまま、生きて死にたい。それは悲願だ。そしてそんな私を、しょうがないなあと苦笑いしながら、迎えに来てくれ。

青いパパイヤが冷蔵庫に眠っている。千切りにして、干し海老やスパイスと合わせてサラダにしよう。それから、沖縄アグー豚肩ロースをニンニク生姜醤油で焼こう。木曽崎トマトと玉子と胡麻油でスープも作ろう。あとは、蟹身と蟹味噌入りのご飯を炊いて、それが私の平成最期の夕飯だ。皆さんの食卓が一人であろうが家族や仲間とであろうが、今のあなたのエネルギーになりますよう。

そういえば、人生最期の食事は3つあげるなら何が良い?という問いがあるが、私は讃岐うどん(香川県の「がもううどん」冷やかけに竹輪天ぷらトッピングで、葱、胡麻、生姜もイン)、カレー(札幌スープカレーか大阪スパイスカレーか悩むなあ)、あとひとつは・・・〆鯖?
うーん、松葉蟹や黒鮑も捨てがたい。卵かけご飯(土鍋で炊いた魚沼産銀シャリと産みたて玉子)に、濃厚豚骨ラーメン(「無鉄砲」でスープを豚骨:煮干し=9:1か、「無心」のつけ麺か)も外せない。寿司で大間の鮪のトロタク(トロと沢庵の巻物)か、梅雨時の鰯一貫とか。ひたすら辛い花椒の効いたスープ状の麻婆豆腐やピータン、豚肉天ぷら、土筆のキンピラ風もいい。え、馬鈴薯の自家製ポタージュスープ、鮟鱇の7つ道具の入った鍋、「比良山荘」の熊猪鍋、「天ぷら山」の車海老の天ぷらは?むむむ、悩むなあ。それにしても最後にしては、派手だわ~。野菜はこの際要らないわ~(あ、でも牛蒡のすりおろし味噌汁やフルーツトマトのニンニクオリーブ油マリネは付けたい、あああ行者ニンニクの葉の醤油漬けも)。
まだまだ煩悩たくさん背負って行きますわ。さあ、軽やかに、令和!(ぼよんぼよんと揺れる下腹を摘まみながら)。


・・・その後、コロナ禍が始まったのだった。そして、未だ、狸汁は食したことが無い。それまでは、生きていよう。ああもう、フグリはブラブラリ(今世ではインストールされておらぬが)。

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