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【抄訳】ロシアを勝たせてしまうことが、米国にもたらすコスト(2023.12.14付ISW報告書“The High Price of Losing Ukraine”より)

はじめに

上記リンクは、「ウクライナ敗北に伴う高い代償:ロシアの勝利がもたらす軍事・戦略的かつ財政的帰結」(“The High Price of Losing Ukraine: Military-Strategic and Financial Implications of Russian Victory”)というタイトルの戦争研究所の報告書になります。

西側諸国、とりわけ米国のウクライナ支援に揺らぎがみえるなか、ロシアの勝利がいかにアメリカにとっての戦略的な負担になるのかを分析している報告書になります。なお、この報告書の分析は、ウクライナでの敗北に直面した際にロシアが状況をエスカレートさせる可能性に関しては考慮していない内容になっています。

さて、この報告書が検討しているのは、以下の4つの状況です。

  1. 2022年2月以前(ロシアによる全面侵略以前)

  2. 2023年12月時点(現在の状況)

  3. ロシアによるウクライナの完全占領

  4. ウクライナの完全勝利(1991年国境範囲の全領土解放)

この4シナリオのなかから、3つ目の「ロシアによるウクライナの完全占領」の箇所の日本語訳を以下に示していきます。NATOに敵対的な、勝ち誇ったロシアの存在は、米国の負担を増し、米国の対中国戦略にも悪影響を与えることが指摘されています。

日本語訳:“地図3  仮想状況  ロシアによるウクライナの完全占領”

注記:以下に示した評価は、モスクワがNATOに対する予告なしの本格的急襲の準備を意図した場合に、ロシアがウクライナ及びベラルーシに配置する可能性のある戦力をあらわしたものであるが、これはかなり控えめな評価である。この想定では、ロシアが現在の戦争において新設した2個軍を、NATO諸国との国境方面に移動させることを仮定している。そのうちの1個はクリミアに配置されることがすでに計画されている部隊であり、もう1個とその他部隊は、ウクライナ東部国境とベラルーシに配置された部隊である。そして、後者の部隊の配置地点は、ロシアがウクライナにおいて完全な勝利を得た場合、戦略的意味を失うことになるだろう。また、現在ウクライナに展開中のロシア軍のほとんどは、戦後、現在のロシア国境内部に位置する基地へと帰還することを想定している。ロシア軍国内駐屯地の大部分はソヴィエト時代の兵営であって、その位置は現在のロシアの戦略的方向性と合致していない。ロシア軍が、ウクライナ戦勝利後に何ら戦略的なコストをかけることなく、以下の記述及び地図で示した以上の、かなり大きな戦闘能力をNATOと隣接する領域に振り向けることは大いにありうる。ただし、ロシア軍が経費負担を厭わない場合という条件はつく。

ロシアが勝利した場合のロシア軍部隊配置想定
(戦争研究所)

西側からの支援が突然、完全に終わってしまった場合、ロシアの軍事力を食い止めるウクライナの能力が、遅かれ早かれ崩壊してしまう可能性は高いだろう。このシナリオにおいて、ロシア軍ははるばるウクライナ西部国境まで押し進み、ポーランド、スロヴァキア、ハンガリー、ルーマニアとの国境付近に軍事基地を新設することが可能になる。ほぼ確実に起こるウクライナ人の抵抗運動に対処するため、ロシア軍は占領部隊の用意を進めており、その結果、第一線戦闘部隊は自由にNATOを恫喝できるようになる。

ロシア軍は戦争を遂行していくために陸軍の組織拡大を進めており、ウクライナ戦後に大規模化した軍を維持する意図を示している。ポーランド、ハンガリー、スロヴァキア、ルーマニアとの国境沿いに、ロシア軍は完全編制の3個軍(第18諸兵科連合軍、現下の戦争用に新設された第25諸兵科連合軍、そして第8親衛諸兵科連合軍)をすぐに配置することができる。これら各軍は、隷下の各師団が規定通りに戦力充足した連隊3個の編制になるよう、後方からの部隊で補強され、ウクライナ駐留前線部隊は戦力が完全に充足した約6個師団(18個連隊)分の戦力になっていく可能性が高い。ロシア軍がウクライナ東部国境に配置されている複数の師団を、第一線師団の予備戦力として、ウクライナ国内に移動させる可能性もある。また、クレムリンはベラルーシ軍の支配権を得るための長期にわたるプロジェクトで大きな進展を示しており、ウクライナにおける勝利は、そのプロジェクトを完遂に導いていくことになる可能性が高い。その結果、ロシア軍が空挺師団1個(3個連隊)と機械化歩兵師団1個(おそらく3個連隊)をベラルーシ北部と南東部に、恒久的に、もしくは名目上ローテーションするという方法で配置する可能性も高い。こうなった場合、ロシア軍は少なくとも8個師団(21個連隊もしくは旅団[機械化部隊か戦車部隊]と3個空挺連隊)を用いて、NATO加盟国の1国か複数国に対して、突発的な機械化攻勢の脅威を与えることができる。そして、これらの師団群は第1親衛戦車軍を含む相当規模の予備戦力で支援される。なお、第1親衛戦車軍はモスクワ周辺で再建されることになるだろう。また、この部隊は対NATO主要打撃戦力として常に位置づけられている。さらにロシア軍はフィンランド国境沿いに戦力配置する意図を表明しており、この増援戦力と既存の戦力を用いて、ロシア軍は上述のような突発的急襲攻撃を行うことができ、バルト諸国とフィンランドに対して脅威を与え続けることもできる。ロシア軍地上戦力は、戦域全体を重層的に覆うS-300、S-400、S-500といった長射程対空・対ミサイル兵器の濃密な防空網によって守られることになる。

ロシアが勝利した場合のロシア軍防空網想定
(戦争研究所)

NATOが欧州に現在展開中の戦力で、このような攻撃に対抗することはできないだろう。ロシアの冒険主義を抑え込むために、また、ロシアの攻撃を打ち破る備えのために、米国はバルト海から黒海に至るNATO東部境界全域に多数の米国兵士を送り込まなければならなくなる。米国はまた、ステルス航空機編隊のかなりの割合を、恒久的に欧州向けに振り分ける必要が生じることになる。NATOの防衛戦略は航空優勢に依存している。航空優勢への依存は、NATO部隊を敵の攻撃から守るためだけでなく、空軍力によって相対的に規模の小さいNATO地上部隊を埋め合わせるため、また、NATO砲兵部隊の限られた砲弾備蓄を埋め合わせるためでもある。ロシア軍防空網を突破し破壊するために、そしてロシア軍が効果的な防空網を再建できないままにしておくために、多くの数のステルス機を欧州に投入可能な状態にしておく必要が米国に生じる。そして、ロシア防空網を破壊したままにしておかないと、非ステルス機と巡航ミサイルは攻撃目標に到達できないのだ。かなりの規模のステルス機編隊を欧州に投入する必要が生じた場合、台湾に対する中国の攻撃的行動に対して効果的な対応を米国がとることが、ひどく難しくなる可能性が生じてくるだろう。なぜなら、あらゆる台湾危機シナリオにおけるステルス航空機への依存度が極めて高いにも関わらず、そこで使うはずのステルス機が欧州防衛に必要になってしまうことになりうるからだ。

このような防衛措置にかかる費用は、それを実行する場合、天文学的規模になる。また、莫大な費用がかかることに加え、米軍がロシアにも中国にも適切に対処もしくは備えることができず、両国が連携した際には当然ながらそうできないという極めて大きな危険のはらんだ時期をむかえることになる可能性は高い。

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