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無人化/オヤジさんの中華鍋

切符を切る駅員さんが改札から消えたのは、僕が小学生〜中学生の頃だった。高校生になる頃には、ずいぶん普及していたように思う。

ざっと4、50年か。

今や注文はタッチパネルになり、デジタルな声で、注文を確認される場合もある。そのうち厨房も無人化で、ロボットがハンバーガーを焼く、ホイコウロウをつくる、そんな感じになるのだろう。たぶん「ありがとうございました」の自動音声だけは元気なんだろうけど

誰にも会わないレストランで食事をする。

もちろん、スタバやドトールだって無人化で、吉野家な感じのファスト飲食店も無人になるんだろうと思う。食器は使い捨てかな。

考えてみれば「回転寿司」だって「寿司」というジャンルにおいてはこういう方向で変化をしてきた結果。つまり無人化は「すでにある変化」でもある。街場の消費者が出せるお金の「これから」を考え、AIなロボットの性能的な進化を考えれば、カジュアルな飲食店はこういう方向で進化していかざるを得ない。

(「孤独のグルメ」が語れそうな店は高級店になっちゃうというか)

街場の消費者は、おしなべて就業が安定せず、年収は低くなり、介護負担や育児負担を抱えて消費力を低迷させる…

今だって、回らないお寿司屋さんが絶滅したわけではない。むしろ少数は高級化して残っている。鰻や天ぷらもそう。

つまり、こうした二極化が、もっとカジュアルな「街場のメシ」にまで及んでいく。

オヤジさんが中華鍋を振ってつくってくれるチャーハンは、恐らく贅沢な食事になる。一方で大規模チェーンがタッチパネルとロボットで提供するチャーハンはリーズナブルで案外美味しいなんてことになるのだろう。

寂しいけれど、時代の流れだ。
おしなべて、みんな、お財布は寂しくなっちゃうんだし。