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わたしの物語を紡ぐ


制度という縛り


『制度』というのは社会的な生き物である人間ひとりひとりが、より暮らしやすく生きやすく在るためにある『支え』であってほしい反面、それは一方で社会が上手く滞りなく機能していくためにあるもので、人間にとって自分が自分で在ることを阻む『縛り』となることも少なくないと感じています。

〘名〙 国家・団体を運営して行く上で、法律や規則により制定され、あるいは社会的に継続的に認められ、実施されているきまり。

コトバンクより

卵が先か鶏か先か・・・制度は多くの場合、その時代時代の社会的通念や常識と結びついているのではないでしょうか。

そしてそれらは私たちが生きる指針になり社会生活を営むことを助けてくれる一方で、あることを疑いもしない縛りとなり、私たちをより本質的な幸福から遠ざけたり、人同士を分断したりネガティブな方向へ働いていることも思いの外多いと言わざるを得ないのではないでしょうか。

今は1000年前より縛りがないのか

『光る君へ』を観た後、X(Twitter)で色んな方々の考察や感想をいつも楽しく見ているのですが、その時に「平安時代じゃなくて今のように仕事も住む場所も結婚相手も自由に選べるこの現代に生まれてよかった」というような言葉を幾度となく目にしました。

私は同意もするけれど、同意できない部分がどこかにあると感じています。

1000年前、人々を縛った制度、そして社会通念や常識は、今はもうないかもしれないけれど、あの頃とは内容は違っても、今は今で制度や社会通念、常識に、何の疑問も持たず縛られていることは多々あるのではないでしょうか。もちろん1000年前のそれより、今の制度や社会通念格段に私たちの自由や権利を尊重してくれることも事実だとは思いますが、一方で1000年前になかった縛りが今はあるのかもしれない疑問を持ってみることは100%自分を生きるために試してみる価値があることなのではと思います。

いえ、もしかしたらそんなことに何の疑問も持たず、生きることができたらその方が幸せなのかもしれません。そして疑問を持たずにいられない私の負け惜しみなのかもしれません。

1000年前、当時のそんな『縛り』に疑問を持ち続けた、あるいは疑問を持ち続けずにはいられなかった紫式部は本当に大変だったと思いますし、きっとその当時の貴族社会において、その縛りや社会通念に疑問を持つことなく、さらにその範囲内で最善を選ぶことができた人が『勝ち組』だったのだと思います。(ドラマだと倫子様がそうなのかなと個人的に思っています)

でもこの構図は内容が変わっただけで、現代にも歴然と存在することは明らかではないでしょうか。

この構図を打ち破って自分の人生を生きようとすることは、今も昔もある意味孤独だったり、経済的なことでラクではない部分が多いのかもしれないけれど、この構図の枠を越えて生きようとする人たちが増えていることだけは、1000年前より進化していると信じたいなと思っています。
(ちなみに個人的な見解ですが野球の大谷選手はこの枠の外で生きていることに、孤独さえも飼い慣らし経済的にも成功している稀有な人だからこそ、枠の中で生きるしかない多数の人々は羨ましくて、讃えたり叩いたりするのかなと考えています。)

気付かずとも、本当は皆心の奥底では枠の外で100%自分を生きたいと願っているのでしょうね。

言葉にできない文字がある

全てを超越してわたしの物語を紡ぐ

ドラマ『光る君へ』は視聴率がイマイチとの噂も聞きますが、1000年前に構図を打ち破り100%自分を生きようとした女性の在り方は、フィクションにせよ、現代の「わたしを生きてみせる」と試みる人たちが、自分だけの物語を紡いでいくことを後押ししてくれるドラマだなと感じて本当に大好きです。辛い展開もありますが、そうした人の人生のお話を最後どのように着地させてくれるのか、とても楽しみにしています。

既存の物語をなぞるのではなく、各々が自分だけの物語を紡ぎ、互いにその物語を尊重できる世界になっていって欲しいと心から願います。

そして湧き出す唯一の物語を紡いでいるもの同士が、心と魂を触れ合う関係を築く世界はどんな世界なのでしょうか。

そして『制度』があるいは常識や社会通念が、人々がオリジナルの物語を紡いでいくことを制限するのではなく、各々がそれぞれ唯一の物語を生み出していくことを支えるものであって欲しいと願って止みません。



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