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夜廻り猫と少年少女たち


「泣く子はいねが~。泣いている子はいねが~」と夜毎街を歩く灰色の猫、名は遠藤平蔵。缶詰の烏帽子に緑の半纏姿でちいさなともだち・重郎と共に「心で泣いている」匂いに気付きその人に声をかけ、傍で話しを聞き受け止める。安くて簡単な料理を教えたり一緒に楽しく食べたり、缶詰をそっと置いたり渡す。新幹線やバスに乗り込んでいたり、黙する相手の隣で共に静かに過ごす時も。仲間には老婆を見守る片目の猫や夜廻り猫見習いのクリーム色の垂れ目猫。バイクに乗って現れる5にん組の猫たちは心の掃除をして小さな雑巾を残し去る。お高祖頭巾姿の白猫はお腹を空かせた人や猫に肉まんやドーナツを配る。-深谷かほる先生がツイッターにアップした8コマのマンガは続いてゆき、やがてたくさんの人に届き単行本になり、今もウェブマンガサイトやニュースサイトで連載されている。去年台湾でイベントも開かれたりも。


『夜廻り猫』は老若男女様々な人や生きものが登場し遠藤さんに心で泣く理由を話す。介護、貧困、孤独、子育て、仕事、日常、友情、恋愛、出会い、生、死、等々。置いてゆかれてもやさしい犬や行き場の無い狸夫婦(人に化ける力がある)も。

その中には居場所の無い孤独な少年少女との一夜が幾つも描かれている。

1巻五話『一人では死なせない』は「メンタル殺したあいつら」に「報復」すると話した少女に、遠藤さんが加勢すると意気込み彼女は慌てていた。果たしてふたりで報復したかはマンガには書かれていないが、多分…。

3巻百九十九話『いじめらた子』(ツイッターアップ時は『弱い人間』)の少年は担任に相談しても「知らん顔」され、二百四話『死ねばいいのに』の少年はSNSに並ぶ自分に向けられた言葉に泣きながら眠る。真っ直ぐなタイトル名、マンガに描かれる今のイジメの姿。8コマの中で彼らの現実は解決しない。遠藤さんは「がんばれ」「負けるな」と言わず重郎と共に寄り添い、「強くなろうと思わない」と言うその背に触れ、横たわる体をふたりで抱きしめる。

私が此れ等の話に熱くなるのは中学時代にそうされてきたから。クラス全員に無視され教室にいるのが辛く、休み時間に廊下の窓から飛び降りたい衝動にかられた。時折蘇るその辛さは『夜廻り猫』を読み彼らに重なり胸がぎゅっと締め付けられる。いまだに絶えないこの問題を、深谷先生は繰り返し取り上げ遠藤さんを通じ静かに思いを伝え続けている。8コマの先、マンガの向こうで彼ら彼女が生きてほしいと願わずにはいられない。彼ら彼女は昔の私であり、今もどこかで耐えている誰かだ。

5巻二百九十五話『始業式』は、夜廻りをした遠藤さんたちが朝寄った駅のホームでのことを描いている。言葉は無いが何かを遠藤さんと交わしただろう「あの子」はホームを去る。最後のコマ、読む私たちへ訴えるように語る遠藤さんの言葉は静かに強く心に刺さる。是非読んでほしい。


今年の夏は“いつもと違う”とか“特別”とか言われていても、ひとり心で泣く少年少女はいる。学校がもう始まり、感染対策等で居場所・逃げ場がなくなっているやもしれない。より鋭い刃物や堅い岩のような言葉を浴びせられ、分厚い壁に取り囲まれ阻まれ、辛い状況にひとりでいるやもしれない。

SNSを通じて『夜廻り猫』が届き読んでくれたらと、『夜廻り猫』というマンガが心の拠り所になればと、思う。心を救うと、信じている。

子どもも大人も辛い日々が続く中、ナンとか警察にならず名を隠し誹謗中傷を行うよりも、夜廻り猫のような寄り添いを大切にしてゆきたい。怒りよりも、「にっこり」を心に持って生きたい。遠くから祈るしか出来ないけれど、どうかなんとかご無事で。


今夜も遠藤さんたちは廻っている。「泣く子はいねが~」と呼びかけているよ、あなたの心に。




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