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教えた分だけお金になるようなシステム自体がおかしいと思っています【北欧教育とパラリアの比較ー⑤】

前回に引き続き、北欧の教育システムとパラリアを比較してみます。前回の記事はこちらです。

このブログでは、「堅苦しい話をできるだけ無くし、可能な限りラフに行こう」ということで、敢えてアカデミックな要素は気にせずに書いていこうと思います。

また、どちらが良い・悪いを言うつもりもありません。比較することによって、「パラリアとはどんな学び場か」という問いに対して、また別の捉え方ができるようになることが目的です。

ひとまず「北欧 教育」と検索し、一番最初に出てきたこちらの記事をもとに、北欧の教育とパラリアを比較していきたいと思います。

(※本当はこの記事自体にも多くのツッコミどころがあります。出典がほとんど書いていないため、情報の信頼性は未知数です。しかし、そのあたりには一度目を瞑って進めます。)

こちらには、フィンランドの特徴が11にまとめられています。(2019年3月15日)

特徴1:全員への給食の提供
特徴2:教育費はタダ
特徴3:フィンランドの学校は公平
特徴4:教師という職業が尊敬されている
特徴5:指導法に厳しい基準が無い
特徴6:最適なタイミングを強調
特徴7:教育学の研究が重要視されている
特徴8:やる気を重要視
特徴9:学校内の特別教育
特徴10:遊んで学ぶ
特徴11:宿題は少なくて授業日数は短め(本文ママ)

これらについて、一つずつ比較していきます。


「必要な分だけ」が、北欧と日本で大きく異なる

特徴9:学校内の特別教育

フィンランドでは、周囲と比べて学ぶのがゆっくりな子供に対して、専門の教師が配置されるようです。必要があればそれだけ重点的に見てもらえるようです。

パラリアでも、どんな質問でも受け付け、必要な分だけ解説をしたり、もし必要と感じたら、その一人のためだけに一分野を丸ごとレクチャーしたりします。少人数制だからこそできる指導体制です。


この点については、フィンランドと日本で大きく差があると感じています。


フィンランドは教育費が無料なので、「必要な分だけ」という表現は、「一人一人に合わせてくれている」という印象を受けます。

一方、教育費がかかる日本では、「必要な分だけ」というと、「うちの子はよく見てもらえないのではないか」という印象を受けるかもしれません。


この業界にずっといますが、「教育費がかかる分だけ手厚く見てほしい」といった雰囲気を感じます。手厚いというのは、先生と話す時間が長いだけでなく、教材がたくさん与えられたり、授業時間が長かったり、授業日数が多かったり、、


私はこうした雰囲気に危機感を覚えます。


教えればそれだけ成績が上がるわけではない

学校や塾の先生との時間が長くなるということは、それだけその先生からの影響を強く受けるということになります。

先生からの影響については、良し悪しを判断するのは最終的には主観なので、どの先生の信者になるかという選択の問題だと思います。投資と近いと思います。


一方で、学習において先生がつきっきりになる時間、先生から勉強を教えてもらう時間が多いということは、それだけ受動的に学習内容に触れるということになります。

もちろん話を聴いただけで、すぐに身につくものもなくはないですが、学習は最終的に自分を振り返って(内省して)、ようやく定着するものが多いです

特に大学受験となると、身に付ける知識量が膨大なので、教えてもらうだけで身に付けることができる知識では到底太刀打ちできません


となると、効率よくサポートしてもらった上で、自習の質と量をどこまで高めることができるかというのが問題になります。試験当日は、自分以外に頼れるものがないからです。

むしろ先生も、楽をしようと思ったら自分一人で片っ端から解説して、それで終わりにしてしまいます。生徒のことを考える必要がなく、楽だからです。

中高生に考えてもらうようなやり取りをする方が、先生も頭を使い、さらに中高生がどのような反応をするかを見てから次の質問を考える必要があるため、非常に高度です。


本来であれば、学習塾は必要ないものだと思います。学校で勉強も習っているし、参考書も本屋にたくさん売っていて、活用できるものはいくらでもあります。実際アジアにしか学習塾は存在しません。

それでも塾に行くということは、「自分だけでは目標が達成できないから」、「学校のペースについていけないから」等々の理由があると思います。


ということは、塾に行った結果、「志望校に合格した」や「学校のペースについていけるようになった」等がゴールと考えられます。これらに共通するのは「自立」です。


別の例として病院を挙げると、患者さんはたくさん手術してほしくて、病院に通うのでしょうか。

高齢の方は、寂しさから通院するというお話もありますが、少なくとも手術がたくさん増えて、喜ぶ人は稀だと思います。「もう大丈夫ですよ」と言われるのが一つのゴールだと思います。つまり自立です。



教育費の有無が大きな影響を与えているとは思いますが、学習指導においても「最終ゴールは自立である」と信じて疑いません。

「とりあえず偏差値の高い大学に行っておけ」は、ますます正解ではなくなってきている時代だと思います。これまで以上に、長期的目線で受験を捉える必要が出てきていると確信しています。



最後にまとめますと、「必要な生徒に必要なだけ」という点については、フィンランドの教育とパラリアの方針は全く同じものです。

しかし、教育費の問題が絡むことによって、全く別物に見えてしまう場合が多いと思います。我々だけではなく、我々のもとで学ぶご家庭の認識にも大きく左右されます。

●まとめ:「必要な生徒に必要な分だけ」という教育方針が信じるもの
学習サポートのゴールは自立である

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