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猫背で小声 season2 | 第23話 | 想いびと、春

2023年、春。考えることはいっぱい、思うこともいっぱいある季節を迎えた。この日は金曜日。珍しく有休の取れた日にぼくは普段あまり行くことのない『新橋』へと足を運んだ。

『新橋』へ来た目的。それはおいしいプリンがある純喫茶に行くためだ。

時刻は9時30分。

東東京出身、在住のぼくだが、新橋には疎い。ビルが建ち並ぶ景色に多少疲れを覚え、ぷらぷらする余裕なんてなく、とにかく目的地の純喫茶へと足を運んだが、まだオープンはしていない。けど、店前にたくさんの行列ができていた。

行列に並ぶひとたちの顔を見ていると外国人が多い。旅行客だろう。どうやらコロナ後のインバウンド客が、お店の評判を聞きつけて並んでいるようだ。

「人気店なんだな⋯」と心の中でつぶやきつつ耳元では携帯ラジオを聴いていた。聴いているのはもちろんTBSラジオ。臼井ミトンという新参パーソナリティーがしゃべっていた。

ぼくの中でのTBSラジオの朝の顔といえば大沢悠里だったので少し残念な朝だ。

しばらくするとお店がオープンし、最前列、第一陣のひとたちが店内に入っていった。

もう少しすればお店に入れる、と、臼井ミトンの声を聴き流しながら、店への距離が徐々に近づくことにちいさなよろこびを覚える。

第二陣として行列に並ぶぼく。

特別スイーツ男子ではないが有休を取った高揚感からか「どんなプリンが食べられるのだろう」と立ちっぱなしの足も疲れを知らない。けど1時間、2時間待てど、先ほど店に入った第一陣はお店から出てこないし、出てくる気配すらない。

待っているあいだスマホで外国人の文化を調べてみると、多くの外国人は日本人とちがってお店に入って数十分でお店から出てくるようなことはなく、長い時間お店で過ごすことが多いようだ。こんな文化があったんだなと思いはしたし、ここはあくまで日本なんだけれど、行列に並んでいる間にこの街が NIPPON になってしまったような気がした。

帰ろうかな⋯
いや帰るまい。

ずいぶんとマズイ行列に並んでしまったなという後悔が頭をよぎったが、ここは『日本代表』としての心意気、なにがなんでもここのプリンを食べてやろうと思った。

なんと行列に並んで3時間、やっと第一陣のひとたちがお店から出てきた。いよいよぼくの番、いや長い時間行列に並んでいた『第二陣』という絆が深い「ぼくたち」の番なのである。

やっと『御入店』。この表現が似合うほどの高揚感。高校生らしき店員さんに案内されたのは店奥のカウンター席。長時間並んだ足の疲れを取るためにソファー席でゆったりと過ごしたかったが、あいにくのカウンター席へ腰を降ろした。

どっこいしょ、と座ると、隣には夫婦らしき外国人観光客。特にぼくの隣に座った女性はひとなつっこい笑顔でこっちを見てくれる。「雰囲気の柔らかい人だな」と思いながら、メニュー表に書いてある噂のプリンとコーヒーセットを頼む。

今日の目的はこれ。

だが隣の外国人女性が気になる。何度もぼくの方に向かって微笑んでくれる。なんだろ。なんだろ。何度も思う。「引きこもり」なんかどこ吹く風。心の底から声をかけたい気持ちが沸いてきた。なぜかぼくは、無意識に、ぼくにしてくれたような笑みをそのまま返していた。

笑い返してくれた!

そしてその後、女性はなにやら英語で話しかけてくれた。英語は全くダメなぼくなので、ここは文明の叡智ともいえる『Google翻訳』を駆使し会話をはじめると、どうやら彼女とその旦那さんは『日本』に興味があるらしく、イギリスから旅行で来たらしいことを知る。

彼女の名前はアナスタシア。リトアニア出身で今はイギリスに住んでいる。日本の歴史が知りたくて広島や京都に行き、アニメの聖地巡礼もしてきたらしい。こんなにも日本を愛してくれて、日本のことをぼくより知っていて、日本人なのに日本のことをあまり知らない自分の無知さに少し恥ずかしくなったくらいだ。

アナスタシアは日本語も少しは話せたが、主に英語でのやりとりとなった。Google翻訳に交えてボディランゲージで会話をしながら、今回の目的だったプリンの味を堪能し時間は過ぎていった。すると、アナスタシアはこっちを見てなにかを言いたそうな雰囲気。声は小さかったけれど、

「連絡先聞いていいですか?」

とひとこと。英語はわからないぼくだけど、アナスタシアは多分ニュアンス的にこんなことを言っていたと思う。

「インスタなら」と、ぼくはこう答えた。新橋で日英が繋がった瞬間だった。こんなことがあるんだな。リトアニア出身のアナスタシアは、ぼくが引きこもり歴20年戦士ということも知らないであろう。でもこの世では説明できない、このふたりしか感じ得ない、言葉の関係のない世界があって、そこがつながった。

アナスタシア夫妻がもうお店を出るということで、アナスタシアに向けて、

「市ヶ谷駅の桜がキレイですよ」

と、Google翻訳の力を借りて最大限のバイバイした。気づきと店にあんなにたくさんいた外国人客も帰り、お店のひとたちだけになっていた。先ほどの忙しさとは一転して暇そうにしていたお店の人に「今日たまたま隣に座った旅行客と仲良くなりましたよ」と興奮気味に話すと、お店の人はとてもよろこんでくれて、ぼくに向かってこんなことを言った。

実は、今日の席を案内していた店員は新人で、席の誘導があまり慣れていない人だったんです、と。

つまり、彼の不慣れな誘導がなかったらアナスタシアの隣にも座れなかったし、話もできなかった。それによくよく考えてみると、今日たまたま有休が取れて、普段来ない新橋に来て、プリンを食べたい一心で、普段ならばない行列に並び、軽い動機ではあったけれど、重たい気持ちで行列に並び続けたのだった。さらに、偶然とも言えるカウンター席への誘導。この全ての要素が重なってアナスタシアとの出逢いになったのだ。

「こんな日もあるんだな」と、引きこもりだったぼくでさえ、行動を起こせばこんな奇跡の時間を味えるのだなと改めて思った。

そして今現在も不思議なことにアナスタシアとは Instagram でやりとりをしていて、また日本に来たらぼくにも逢いたいと言ってくれるし、ぼくがパークでの楽しい時間を投稿しているのを見て「ぜひパークにも行きたい!」とメッセージをくれる。グローバルなコミュニケーション。

「隠れてしれっとなんかやってんすよ、このメガネおじさん。」

引きこもりだったわりに意外と誰もがなかなか経験できないようなことも、ちゃっかりしてるんすよ。

2023年、春。微笑みがえしの春だった。
2024年、春。どんな出会いがあるだろう。

おしまい


絵 : 村田遼太郎 | RYOTARO MURATA
北海道東川町出身。 奈良県の短大を卒業後、地元北海道で本格的に制作活動を開始。これまでに様々な展示に出展。生活にそっと寄り添うような絵を描いていきたいです。
https://www.instagram.com/ryoutaromurata_one

文 : 近藤 学 |  MANABU KONDO
1980年生まれ。会社員。
キャッチコピーコンペ「宣伝会議賞」2次審査通過者。
オトナシクモノシズカ だが頭の中で考えていることは雄弁である。
雄弁、多弁、早弁、こんな人になりたい。

近藤学 SNS
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