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日本人が自分ごとになった瞬間。志村けんさんに国民栄誉賞を。

渋谷や、原宿や、新宿へ繰り出していた十代から二十代の学生の大半は新型コロナウイルス感染症は自分とは関係ないところで起こった現象で、なんか迷惑だなぁくらいにしか思っていなかった。

少なくとも自分の長男は、基本的に自分は大丈夫といった考えで行動していて、直前まで友人の留学先のフランスに春休みに遊びに行く予定であった。(フランスのパンデミックの兆候があって、羽田に向かう当日、父親は全力でダメ出しした。)

しかし、あの日、学生だけではなくて、あらゆる世代にとって、新型コロナがヒトゴトではなくなった。

志村けんさんの訃報だ。

約半世紀にわたって、日本でこれだけ幅広い世代に深く受け入れられたコメディアンはいない。志村けんさんの笑いに触れた事のない日本人はほぼいない。

そのお笑いに触れて、笑った記憶、楽しんだ記憶は皆んなが共有している親近感でもあった。

それはテレビや映像を通しての親近感であり、もちろんプライベートで近くにいる方々とは比べようもないが、、それは突然失われた。

いや、悲しみに置き換えられた。

その瞬間に、新型コロナウイルスに対する戦いは世代を超えて、国民に共有されたのだ。


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