見出し画像

VRゲームの理想と限界を見せる『Boneworks』物理演算と身体感覚のシナジーが生み出す没入感を探る

本記事はHalf-Life: Alyx発売前の2019年12月~2020年3月に書かれたもので、Half-Life: Alyxと比較してやや古い記述があるかもしれない。Half-Life: Alyxとの紹介を合わせて「VR元年の逆襲」というテーマで執筆していた。

前置き

VRゲームの開発者やプレイヤーに付きまとう一番の問題は「VR酔い」だ。VRゲームの開発はVR酔い対策との戦いであり、VR酔いが起こらないゲームデザインを逆算して決めることすらある。だからこそ、開発者は「もしVR酔いを一切考慮せず、VRゲームの理想のゲームデザインを追及したら?」と考えずにはいられない。

驚くべきことに、本当にVR酔いを考慮せずに理想のゲームデザインを追及して作ってしまったVRゲームが『Boneworks』なのだ。この記事では、Boneworksが偏執的な物理演算とVRの身体感覚を組み合わせたことでかつてない没入感を生み出し、それゆえに見せてくれるVRゲームの限界を紹介したい。

『Boneworks』はStress Level Zeroが開発・販売するVR専用のアクションアドベンチャーゲームだ。主人公はVR世界「Myth.OS」で研究施設やコンクリートビル街、下水道などのフィールドを探索したり、敵兵士やゾンビ相手に銃器や鈍器で戦ったり物理演算のパズルを解いたりする。年季の入ったゲーマーであれば本作の構成に新しさよりも懐かしさを感じるだろう。

画像1

VRゲームでのシューティングやアクション・格闘はすでに有名な作品があり、本作におけるフィールドの探索や格闘戦・銃撃戦、物理演算パズル、クライミングなど一つ一つの要素にこれといった目新しさはない。しかし、本作が他のVRゲームと違う決定的な理由は「物理演算」と「身体性」だと筆者は考えている。

Boneworksほど物理演算ありきで作られたVRゲームはそうそうないだろう。Boneworksはその辺に落ちている空き缶から小物の机や椅子、武器の木製バットからサブマシンガンまでのあらゆる物体にコリジョン(当たり判定)と質量が存在し、ほぼ全てのオブジェクトをプレイヤーが手に取って動かしたり破壊したりすることができる。ゲームの世界がただのハリボテではなく、全てのモノがプレイヤーにとって意味のあるものだと強く実感させてくれるのだ。

もちろん、Boneworksよりも以前に発売された『GORN』や『Blade and Sorcery』などの物理演算を活用した近接格闘VRゲームは存在するし、(Boneworksより3カ月も後発とはいえ)流石に『Half-Life: Alyx』でプレイヤーが手に取れるオブジェクトの種類と質には劣る。

それでもBoneworksが特異な(異常とも言える)のは「近接格闘から銃撃戦、探索からクライミングまでの総合アクションアドベンチャー」だからであって、それが没入感の高いゲームプレイと幅の広い攻略につながっていることだろう。

物理演算がもたらすゲームプレイの多彩さ

本作の攻撃方法は大きく分けて打撃、刺突、銃撃の三つがあり、とにかく武器の豊富さが目立つ。銃器はピストルからSMG、スナイパーライフルまで色々揃っている。敵をスナイパーライフルで狙撃するもよし、二丁拳銃で暴れるのよし。

鈍器と刀剣も豊富で、木製バットにハチェット、クナイに西洋剣までなんでもござれ。バールやパイプレンチを振り回しても、己の拳だけで戦ってもよい。やろうと思えばどんな手段でもクリアできるのがBoneworksのいいところだ。

画像2

しかし、本作がさらにユニークなのは(筆者の推測ではあるものの)ダメージ計算式が「質量×速度」になっていることだろう。ブラウン管のモニターで敵の頭を叩いて倒すことができるし、レンガブロックを高所から敵の頭に落としてダメージを与えることもできる。つまり、ゲーム内に存在する質量のあるオブジェクトは全て武器として使える。

本作ではプレイヤーが既存のゲームの常識に縛られることなく、プレイヤーの発想次第で物理演算が許す限りなんでも試すことができる。このことに気が付いた瞬間、視界にある全ての物体が「敵を攻撃するための手段」に見え始め、思考が塗り替えられることに気が付くだろう。

また、本作のユニークな点として「プレイヤーの身体を可能な限り正確にシミュレートしている」ことも見逃せない。ふつうVRゲームではプレイヤーの体が両手しか描写されずに体の存在が無視される例が多く、本作のようにプレイヤーキャラクターの胴体と四肢の挙動をシミュレートしているものは少ない。

なぜ四肢が重要視されないかと言えば、2016~2020年のVRゲームはプレイヤーの頭部と両手の動きしか検出しておらず、ゲームのメカニクスとしては足や腕が不要なことが多いからだ。そのかわりVRChatなどアバター(着ぐるみ)文化圏では四肢の描写も重視される。

Boneworksの身体の描写には二つの意味がある。一つ目は「より現実に近い描写の方が自然に感じられる」ということ。当然ながら現実世界の多数の人間は、四肢が見えないことはほとんどない(そうでない方もいることは承知している)。

二つ目の理由はこの身体も見た目だけの飾りではなく、プレイヤーの身体の当たり判定と質量のシミュレーションによってプレイヤーの感じるリアリティとプレイヤーキャラクターの機動性がぐっと増していることだ。

リアリティという点で筆者が衝撃を受けたのは棚をよじ登った時に棚が倒れた時だった。現実的に考えれば人間が棚にしがみつくと棚の重心がずれ、人間を巻き込む方向に棚が倒れてしまうことは理解できる。しかし、ゲームをプレイ中に「棚にしがみついたら重心がずれて倒れた」などと想像を巡らせたことのある人はほとんどいないだろう。

そして、プレイヤーは壁の角やパイプにつかまって登ることができる。周囲にあるブロックを詰んで高い足場を作ったり、柱につかまってパズルを無視して出口に向かうことも可能だ。掴める部分は限定的であるもののプレイヤーの身体性と移動の自由度によって、フィールドのあらゆる部分が踏破可能な登山ルートのように見え始めることだろう。例えば、段になった自販機と室外機とダクトを見て「あ、ここ登れそうだな」と思ったら登れるし、きちんとご褒美(アイテム)が用意してあるのがニクい。

画像3

複数のシミュレーションのシナジーが織りなす偶発性

BoneworksのクリエイティブディレクターはOculusのインタビューで本作のゲームプレイを「Creative Improcisation(創造的な即興)」と表現している。本作は物理演算に沿って動くオブジェクト(スイッチやレバーなどのギミックも含めて)とスクリプトがなく自律的に動く敵キャラクターのみでゲームが構成されているため、プレイヤーは開発者にプレイスタイルを強制されることなく何度もプレイできる、ということを表現したフレーズだ。

筆者はこの考え方「創発的ゲームプレイ(Emergent Gameplay)」という理念に沿ったものだと捉えている。創発的ゲームプレイとは「プレイヤーが計画的かつ能動的にゲームを自由に攻略できて、それでいて開発者も想定していないようなハプニングを体験することで記憶に残るゲームプレイになる」という驚きと楽しさを目指したものだ。

おそらくこの理念に沿ったゲームで最も有名なのは『ゼルダの伝説:ブレスオブザワイルド(BotW)』だろう。BotWはクライミングやパラセールなどの身体性と物理演算・化学演算が組み合わさることでゲーム攻略の自由度が高く、かつプレイヤーが計画を立てて行動しても予想外のハプニングが起きるゲームプレイで世界中のプレイヤーを魅了した。

※創発的ゲームプレイの詳細を知りたい人は電ファミニコゲーマーの岡本基氏のゼルダBotWの解説記事もしくは古嶋誉幸氏のSystem Shock 3の紹介記事を、ラフに知りたい人にはニコニコ大百科の記事の一読を勧める。いかんせん日本では知名度の低い理念なので日本語のまとまった情報が少ないのだ……。(※後日、筆者が手前味噌で記事を一本書きました。)

むろんBoneworksはオープンワールドではなく(ややサンドボックス寄りの)一本道のシューターであって、BotWのような化学エンジンも搭載されていない。しかし、「あまりに愚直で正直な物理演算」がプレイヤーの予想外の驚きを、「VRならではのプレイヤーの身体性」がプレイヤーキャラクターの高い機動性を、「極力スクリプトに頼らない自律的な敵AIと物理演算のギミック」が本作のリプレイ性を生み出しており、これらが組み合わさることで「プレイヤーが思いついたことを実行できる」「常に発見と驚きがあり、何度もプレイしたくなる」ゲームにしている。

環境への作用は敵だけでなくプレイヤーにも影響する。その辺に置いてあるゴミ箱をゾンビに被せると足が絡まって転んでしまう。ゾンビが大量の木箱の山につっこんだら崩れ落ちた木箱の衝撃で自滅する。ゴミ箱の蓋を盾の代わりにしたり、高所に登るときに周囲から集めた物体を足場にしたり、武器を宙に放り投げてジャグリングしたり、足場の端にバールをひっかけてよじ登ることもできる。

BoneworksはHalf-Lifeの子孫のひとつ

とはいえ、Boneworksの元ネタはBotWではなく2004年に発売された伝説のFPSアドベンチャー『Half-Life 2』である。Half-Life 2の何が偉大だったのかはIGN Japanで古嶋氏が解説しているが、数ある特徴の一つが「物理演算を用いたギミック」だった。

BoneworksのディレクターはVRメディアUploadVRのインタビューで「ビデオゲームにおける物理演算は2004年の『Half-Life 2』によってブレイクスルーを迎えたが、『BioShock』や『Red Function』、『ゼルダの伝説:ブレスオブザワイルド』など一部のゲームを除いて15年以上のあいだ、大きな進歩はなかった」と語っている。

また、マウスとキーボードなどの入力端末による物理演算は現実的な挙動とは言えず、より自然な物理演算をビデオゲームで実現するには「現実世界の物理法則に従って動く」プレイヤーの身体を入力端末として使うVRデバイスが最適だったことが伺える。

ある種、Boneworksは「プレイヤー(人間)の肉体でさえVRゲームにとって都合の良いコントローラのひとつにすぎない」という思想が見て取れる。コンピュータの物理演算は現実にのっとって作られたからこそ、逆説的に物理演算を活用したゲームと一番相性のいい入力端末は人間の肉体なのだ。

そして、本作は「プレイヤー自身でさえゲームの世界の中で物理演算に沿って動くオブジェクトの一つに過ぎない」からこそ、プレイヤーの「自分は今ゲームの世界の中にいる!」という没入感が格別なのだ。Boneworksの没入感は「まるで現実のようだ」というよりも「俺は今ゲームの世界にいる!」と強く実感させてくれるものに近い。

自由の代償はVR酔い

Boneworksは自由度の高いゲームプレイを実現すると同時に、VRゲームで最大の問題である「VR酔い」を抱えている。本来VRゲームはゲーム内の挙動と現実のプレイヤーの身体の情報が一致しないと脳が違和感を覚えてVR酔いが発生するため、VRゲームはプレイヤーの身体をなるべく現実の動きにすり合わせる努力をしている。

当然ながら、Boneworks身体をシミュレートすることによる弊害がある。例えば壁を握って移動するときはシミュレートされた腕と腕が絡まって動けないことが多いし、移動する際に足が邪魔になることもある。プレイヤーが重い物を持ったときは両手で握ってゆっくり動かさないと、ふにゃふにゃとした挙動になってうまく制御できない。

本作はプレイヤーに対して現実よりもゲームの物理演算に合わせて動くように要求してくる。ゲームとして快適にプレイできるようなデフォルメを一切していないので本作の身体性がただのストレスにしか感じられない人も多いだろう。

とどのつまり、VRゲームは物理演算に忠実なゲームプレイとVR酔いがトレードオフの関係であることを示している。今後もBoneworksほど高度な物理演算と自由度の高いゲームプレイを両立したVRゲームはそうそう出ないはずだ。

なお、本作はVRゲーム上級者向けに作られたものだと公式が警告しているため、VR初心者がBoneworksに手を出すとひどいVR酔いに陥ってVRゲームに対してトラウマを抱く危険性がある。VR熟練者の読者は知り合いにVRゲームを体験させようと思ったらくれぐれもVR初心者に本作を勧めてはいけない。

”What if this is just a tech demo!?”

Boneworksはゲーム内の全てのオブジェクトに高度な物理演算を適用したことで、かつてないほどの没入感を生み出した驚異的なVRゲームだ。しかし、リアルというよりも2000年代のValveへのノスタルジーが強く、プレイヤーの現実よりもゲームの論理を優先するシステムによってVR酔いが発生しがちな点も人を選ぶ。

VRゲームで自由度と快適さを両立できないことを示唆する本作はまさに「VRゲームの未来と限界を見せつける技術デモ」と呼ぶにふさわしい。本作はVRゲーム開発者こそがプレイすべきVRゲームなのかもしれない。

もしVRゲームの初心者なあなたが本作に興味を抱いたのであれば、まずHalf-Life: AlyxをクリアするまでプレイしてVRゲームに慣れてほしい。それからBoneworksに挑戦することで、ルーツを共にしながら正反対のベクトルのゲームにたどり着いたことをより実感できるだろう。Alyxの高級できっちりコントロールされたゲームプレイとは対照的に開放感と没入感が揃った荒削りなゲームプレイに驚かされることは間違いない。

端的に表現すると『Half-Life: Alyx』はプレイヤーを丁寧に誘導する「制約のゲームデザイン」であり、『Boneworks』はプレイヤーに自由なアクションを促す「自由のゲームデザイン」と見事に対照的な存在だと言えるだろう。

支援していただけると、そのお金が私のゲーム購入資金となります