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いまさら真面目に読む『美味しんぼ』各話感想 第6話「油の音」

 「初期の『美味しんぼ』からしか得られない栄養素がある…そんなSNSの噂を検証するべく、特派員(私)はジャングル(LINEマンガで30話ほど無料!)へ向かった…


■ あらすじ

 海原雄山初登場回。東西新聞社の正面玄関に黒塗りの高級車っぽい高級車で乗り付け、受付に「大原さんはいるかな?」と横柄に尋ねる、大原というのはもちろん大原社主のことだ。ふつうの神経をしている人間なら、「大原社主はおいでか?」くらいにおさめるところだ。相手のホームなら尚更だ。とんでもないやつがやって来たぜ!という雰囲気がビンビンに漂う。
 一方、山岡は「究極のメニュー」づくりに参画したくないからといって辞職願を突きつけ部長、副部長と面談中だ。こんなセンシティブな件なのに文化部の連中みんなが見えるところで面談をし、また文化部の連中も遠慮なく見ている。聞き耳を立てるどころではなくガッツリ見ている。花村さんにいたっては「辞めさせちゃえばいいのよ。」なんて軽く言う。時代かあ?

辞職願 「願」なので、辞めると決めたわけではなく、事と次第によっては辞めるという意思表明

「食い物の味が一大事に言う人間を見ると、吐き気がするほど腹が立つのに、そう言う俺自身が食い物の味にこだわらずにいられない…いまいましく嫌悪感さえ抱いているんだ。」
山岡は初めて自分の内面の葛藤をさらけ出す。これまでヤサグレた態度で斜に構えることでしか社内で自分を表現できなかった山岡が、これまでの栗田、谷村部長、(富井副部長は…関係ないか)らとの食を媒体とした交流で少し心を開いたのか。ただ、本人のこころの中にあるジレンマは一層大きくなったのかもしれない。なぜそこまで自分の知識技能を発揮するのを嫌がるのか、と富井副部長が尋ねると…

 ある男の話をしはじめる。その男のようにはなりたくないんだ!と。そうしたら来ました、その男が。海原雄山がまるで我が庭のように東西新聞社の社屋を闊歩し、文化部へもなんの遠慮もなく踏み入る。さすが文化部だけあって、多くの社員がその名前を知っているようで、荒川さん、三谷さんも「海原ってあの…」と半ばビックリ半ば呆然といった様子である。それほどまでのビッグネームなのだ。その海原雄山が、山岡士郎が自分の血縁上の息子であることを明かし、この男は必ず社に害をもたらすから早く追い出したほうが良いなどと言い出す。並の管理職なら、このビッグネームにそう言われたら平伏してしまうか、「か、考えさせていただきますので今日のところは…」などと場を濁すだろう。しかし文化部の谷村部長は男の中の男である。

海原雄山相手に文化部の部長が啖呵を切り、部下を守る。これが出来る人がどれだけいるか。

 谷村部長はすべてを知っていた。知っていたからこそ、第1話のような厳しい視線を山岡に向けていたのだ。お前なんだと。これが出来るのはお前なんだと。1コマ1コマが回収されていくのは見ていて気持ちがいい。シャッキリポン。

すべてを知っていた谷村部長。

 さて、山岡が人並外れた鋭敏な味覚を持っている、だから「究極のメニュー」づくりという大仕事を任せるのだと雄山に啖呵を切った谷村部長であるが、雄山は大笑いし「この男に物の味がわかるというのか」「この男の味覚を試してやろう。」と谷村部長にどこか適当な天ぷら屋を貸し切って職人も集められるだけ集めろと言う。連載ン十年に及ぶ親子骨肉のバトルの始まりである。
 見た感じ、結構な高級天ぷら屋を貸し切り、しかも職人も集められるだけ集めて行われたバトルのお題はなんと「どの職人が美味い天ぷらを揚げるか当てる」というもの。揚げたものを評するのではなく、職人を見て選べというかなりの無理難題である。果たして、山岡と雄山、両者の選んだ職人はわかれ、雄山の選んだ職人のほうが美味い天ぷらを揚げた。山岡と雄山が職人を見分けるに、基礎的なところは共通していたが、雄山が重きをおいた判断基準は職人の「耳」、聴覚だった。天ぷらの揚がる音の変化、ちょうどいい頃合いには音が変化することを鋭敏にキャッチする聴覚をこそ、天ぷらの味に直結する要素であると雄山は考え、そしてそれは実食において証明された。そして雄山は、敗れて去る山岡に痛烈な批判を浴びせるのであった。

人間重視の雄山、実は素材へのこだわりにおいても雄山は人間を重視していることが後々わかる

 雄山の罵声を背に浴び、退散した山岡であったが、心のうちにはふつふつと闘志がわいていた。「究極のメニュー」づくりをやってみたくなったという。谷村部長は、こてんぱんにやられた山岡の、その背中を優しく押すのであった…

辞職願を出された部長であるが、部下の志に野暮は言わない、ほんとうに大人物だ

■ 山岡士郎vs海原雄山のはじまり

 この回で特筆すべき物語上の要点は、ようやく山岡が胸の内をさらけ出し、そして海原雄山との対決が始まったことだろう。無頼を気取っていた山岡が胸の内をさらけ出したことも驚きだし、今まで京極はん含む食通をやりこめて、社主まで彼の能力をみとめていたほどであるのに、海原雄山の前にあえなく一敗地にまみれる。それがかえって山岡の敵愾心、闘争心に火を付け「究極のメニュー」づくりへのモチベーションを獲得するに至る。
 山岡はほんとうに上司や同僚に恵まれている。勤務中に公然とサボって競馬場にいくやつの「やる気」なんてふつうは誰も信じない。けれどこれまでの各話で見せてきた実力の片鱗を確かに評価してくれるひとがいて、さらに事情をすべて呑み込んだうえで「やってみろ」と背中を推してくれる上司がいる。ここで奮い立たなきゃ男じゃないぜ山岡!!
 ということで、山岡含め多くの人物の転機となる話だった。伏線回収もうまいし、これからの展開にワクワクしてしまう素晴らしい話の構成だ。

■ 天ぷらって耳が大事なの?

 雄山は「天ぷら職人は耳が大事」というが、実はこれは昔の常識で、知り合いの天ぷら屋に言わせると今では通用しない判断基準だそうだ。天ぷら屋は寿司屋ほどではないが、客とのコミュニケーションが発生する。本来的意味でのお愛想というやつだ。実際に天ぷら屋に行ってみると、コースの料理の他にも客の要望に応えていろんなものを作らなくてはいけないし、音に集中できる場面は多くないそうだ。じゃあ何を揚げ具合の目安とするのか。揚げカス、天カスの色とかタイマーだというのだ、もちろんこれは店や職人のやり方というものもあるだろうし、私の行く店が「究極」の天ぷら屋ではないにせよ、音が変わる瞬間というよりは理解できるし、タイマーだからといって最高にうまいタイミングを逃しているわけでもないらしい。天ぷら屋は奥が深くてわからん!ある天ぷら屋は気泡の立ち方こそがバロメーターだと言うし、目指している「美味い天ぷら」のかたちは一緒なんだろうけど基準とするものが違いすぎて…
 ただ、卵水を予め作って冷やしておくとか、それを小麦粉と大雑把に混ぜるとか、一連の行程を冷えた状態で行うとか、そういった基本は間違っていないそうだ。ほんとにわけわからんぜ!ただ具材に小麦粉、卵、水を使った衣をまとわせて油で揚げるだけっていう世界じゃない。怖すぎる。

■ 海原雄山が山岡士郎に執着する理由

 山岡は当然のことながら雄山に執着する。エディプスコンプレックスに加えてマザーコンプレックスが入り交じる複雑な感情ではあるものの、銀座周辺と思しき高級天ぷら屋を貸し切り、職人も貸し切り。そこまでして雄山が山岡をシバく理由ってなんだろう。

こんなカネも手間もかかるやり方でなくとも、「山岡が究極のメニューづくりにふさわしい男ではない」ことを指摘できるのは、後の「究極vs至高」の対決においても明らかだ。
 何か雄山の行動はアンバランスなもののように映る。本当に雄山は山岡を叩き潰したいのか、美味い料理を当てろ!ではなく、美味い天ぷらを揚げる職人を見つけろ!という迂遠なお題なのか、うーむ… 

■ 今さら読む『美味しんぼ』

 海原雄山と山岡士郎、親子の因縁の始まり。これまでの話で幾重にも張り巡らされた伏線がここで一旦回収され、大変面白い。また次の話も、こんな感じで感想を載せていきます。それらをまとめたマガジンをつくっています。『美味しんぼ』はいいぞ、初期は。

 



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