見出し画像

底辺と呼ばれるタクシー運転手の奇跡

 拓也は公園のベンチで、缶コーヒーを飲む。拓也は5年働いた会社にリストラされた。経営悪化による大量の整理解雇。しょうがないよな。リストラされたのは僕だけじゃないし、毎月営業成績最下位の僕が、残れるわけがない。そもそも営業の仕事は、人と話すのが苦手な拓也には苦痛だった。面接時に営業向きの性格ではなく、コツコツと取り組む仕事がしたいと伝えていたんだけどなぁ。
 しかし、問題は次の仕事が見つからないことだ。転職サイトに登録してみたが、高卒で、資格、特技なし、営業成績不良、リストラ。どう考えても採用したいと思ってもらえる要素がない。自分でも就活しているが、全て書類で落とされ、面接にすら辿り着けない。だが、リストラされて、半月が経つ。来月までには仕事を決めたい。
 するとメールが届いた。登録した転職サイトからだ。
「あなたにスカウトがきてます。詳細は下記のURLで、確認して下さい。」
スカウト!?拓也はすぐに内容を確認する。そこには、タクシー運転手の求人が載っていた。
 タクシー運転手かぁ。僕、普通自動車免許は持っているけど、二種が必要なんじゃないのかな?どうしてスカウトがくるんだろう?そんなに人手不足なのかな。そういえばタクシー運転手は底辺の仕事だって聞いたことがある。底辺か。僕に相応しいかもな。拓也は自虐的に笑う。

 拓也は結局そのメールに返信しなかった。しかし、2日後また同じ会社からメッセージが届いている、と転職サイトからメールが届く。 
「メッセージは読んでいただけましたでしょうか?弊社では、支度金や給与補償、二種免許取得の費用負担など安心して働ける環境を整えております。ぜひ、ご検討くださいませ。」
支度金が30万!?給与も半年間30万超えている。拓也は、もう就活に疲れていた。どうにでもなれ、と応募するのボタンを押した。

  ***
 無事採用され、免許や研修やら色々終わり、ついに運転手デビューの日が来た。長時間勤務や、無茶なことを言ってくるお客さんもいて、大変ではあったが、コツコツとした作業は向いている拓也は、道をすぐ覚え、近道などお客さんに提案すると、「いつもより安くすんだよ、ありがとう。次も頼みたいから、名刺ちょうだい。」と言われた。初めて仕事をして、嬉しいという感情を持った。クレームも前の上司に比べれば、気にならない。転職して良かったな。しかも、少しだが拓也を指名してくれるお客さんがいる。拓也にとってタクシーの運転手は全然底辺じゃない、と思った。

  ***
 無線で呼び出しが入り、拓也はそこに向かった。同世代の女性が立っていた。
「どちらまで行かれますか?」
「〇〇岬の展望台まで、お願いします。」
「畏まりました。」
女性は俯いている。拓也は少し気になった。そこは、自殺の名所で有名な場所だ。女性は明らかに元気がない。そんな状態で、女性1人でそんなところに行くだろうか?まさか自殺しに行くとかじゃないよな…拓也は不安になる。
拓也は、何か話さなければと思うが、何も思いつかない。あぁ、自分のコミュニケーション能力の低さに辟易する。
「えっと、今日は良い天気で、すっかり春になりましたね。」
何言っているんだ、僕は。女性から返事はない。当たり前だ。誰でも無視するだろう。拓也は頭が混乱してきた。
「〇〇岬の展望台は、見晴らしが良いですよね。でも、自殺の名所でもありますから、幽霊に会わないように気をつけて下さいね。」
馬鹿だ、僕。完全におかしい人だ。拓也は運転に気をつけながらも、心の中で頭を抱える。
女性が、顔を上げた。
「やっぱり〇〇高校に行き先を変更してください。」
「は?」
拓也の母校だ。
「拓也くんでしょ?高校の時のクラスメイトの神崎だよ。覚えていない?」
「え?神崎さん?もちろん覚えているよ。懐かしいな。偶然だね。」
「私もびっくりした。おかしなこというから、そこに貼ってある名札?みたら、拓也くんなんだもん。こんな偶然あるんだね。タイミング良いなぁ。奇跡的だよ。」
神崎さんは高校の時、美人で性格も良くて、クラスの憧れの存在だった。僕とは別次元の人間なのに、僕にも普通に話しかけてくれていた。あの時と変わらない笑顔で話す。なんだ自殺しようとしている女性とは、考えすぎだったか。拓也は恥ずかしくなる。
「良かった、神崎さんで。いや、自殺しようとしている女性かと勘違いして、頭混乱して、おかしなこと言って、ごめん。」
「ふふ、私女優を目指しているの。自殺する女性の役を演じてみた。拓也くんに通じたってことは、まだ可能性あるかな?」
「女優!?見事に騙されたよ!神崎さんが女優かぁ。タクシー運転手なんて底辺の仕事をしている僕とは、やっぱり別世界だな。」
拓也は、感動する。すごいなぁ、神崎さんはこうやって努力をしているんだなぁ。
「まだ全然だから。誰にも言わないでね。でも拓也くん、確か会社員じゃなかった?」
「恥ずかしい話だけど、リストラされて、今はタクシー運転手をやっているんだ。でも前の仕事より底辺と呼ばれようと、僕には合っているみたい。」
「拓也くんは変わらないなぁ。底辺なんて、他人の言葉なんて気にする必要ない。自分が楽しければ、良いんじゃない?拓也くん、高校の時より、今の方がなんか楽しそう。」
「人が苦手な僕だけど、タクシーの中ではいろんな人と程よい距離感で接することが出来て、楽しいよ。でも人には勧めないけどね。」
そう言って、拓也は笑う。
「あ、ごめん、たくさん話しちゃって、随分メーターあがっちゃったけど、結局どこに向かえば良い?」
「久しぶりに話せて楽しかった。近くの駅で降ろしてもらえる?」
「畏まりました。」
神崎さんも笑ってくれた。お代は半額で良い、と言ったけど、仕事の対価はきちんともらうべきだ、と神崎さんが言うため、ありがたく頂いた。
「拓也くん、連絡先教えて。」
「あ、これ名刺。いつでも呼び出して!これでも常連さんもいるんだよ!」
「違う、プライベートの携帯電話。今度美味しいご飯でも食べながら、高校時代の思い出とか、ゆっくり話そうよ。」
神崎さんも変わらないなぁ。僕と話してもつまらないだろうに、こうやっていつも声をかけてくれる。拓也は携帯電話を、取り出し、連絡先を交換した。

  ***
 本当に拓也くんは変わらないな。自分に自信がないのに、人に流されることなく、しっかり自分を持っているんだよね。みんな私のことを勝手に都合の良いイメージを持っていて、それを演じていたけど、拓也くんは真っ直ぐで、人を疑ったり、悪く思ったりしないから、素のままで話すことが出来た唯一の人。今回も見事に信じたね。本当は、いろいろ疲れて、自殺しようと思っていたんだ。でも拓也くんが、底辺と言いながらも楽しそうにしているから、負けていられないなって思い直したよ。また助けられちゃった。今度は、メーター気にせず、ゆっくり話そうね。でも、拓也くんのことだから、デートに誘われたって気付いていないんだろうな。演技ではない、私の素顔の笑顔で笑うことが出来た。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?