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感染症

 感染症についてお話します。病理学総論では、免疫との絡みで一緒に勉強することが多いです。病原微生物というのは、外から体内に入ってくる有害因子として、頻度が高いですしね。

 感染症は、非医療従事者でもなじみのある言葉でしょう。日本にずっといると、予想もしませんが、感染症はいまだに世界規模で見た死亡原因のNo.1です。実は、日本でも病院への来院理由のNo.1は感染症です。風邪や腹痛というのは、感染症ですよね。ちなみに日本人の死亡原因の第5位は肺炎です。肺炎も感染症なので、実はかなり身近で、あなどれない病気です。

 感染症は病原微生物が体内に入り込むことでおきますが、病原微生物には、細菌、ウイルス、真菌、寄生虫などがあります。これらをひとつひとつ網羅するのは到底僕の力量では不可能です。それぞれの微生物だけで、分厚い本が何冊も書けます。そこで、今日は病理医にとって、日常よく遭遇する微生物に的を絞って紹介しましょう。

 まず、細菌について。ヘリコバクター・ピロリのお話をします。

ピロリ

 いわゆるピロリ菌ですが、このピロリ菌というのは、驚くべきことにヒトの胃の中に住み着くことができます。胃の中ってpH 1程度の強酸性です。そんな場所に細菌が存在できるなんて、医学的常識からは考えられないことでした。しかし、ピロリ菌にはそれができることが現在では証明されています。しかも、定住しているというのがこれまたすごいですね。ただし、全員の胃の中にいるわけではありません。とくに、最近の若者の胃の中にはあまりみられなくなってきています。ピロリ菌は今では胃癌の原因であることがわかっています。すべてのピロリ菌が胃癌を発症させる力があるわけではありませんが、アジアのピロリ菌は胃癌を発症させる力が強いようです。だから、日本人には胃癌が多いのです。ピロリ菌は長年にわたり、胃の粘膜を壊していきます。その結果胃癌が生じてしまいます。そのため、ピロリ菌がいるとわかった時点で除菌というのが、今の医学の常識です。決められた3種類の薬(例えば、タケキャブ、クラリス、サワシリン)を飲むことで、非常に効果の高い除菌を行うことが可能です。ピロリ菌がいるかどうかはどのようにして判定するでしょうか。それは内視鏡(胃カメラ)です。内視鏡で胃の粘膜を観察すれば、ピロリ菌の有無がわかります。通常は同時に胃の粘膜が生検されます。それが病理医のもとへ届き、ピロリ菌がいるかどうかを顕微鏡で観察し判定します。

 次に、ウイルスについて。ヒトパピローマウイルス(HPV)のお話をします。

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 このウイルスは女性の膣あるいは子宮の頚部という場所に定着します。このウイルスには数多くの種類が存在し、HPV6型とかHPV18型とかいうふうに番号で呼ばれています。このうち、HPV6型と11型は尖圭コンジローマという病気を引き起こし、HPV16型や18型は子宮頸癌を引き起こすことが知られています。子宮頸部は細胞、組織ともに胃とおなじくらいよく提出されてきます。ウイルスというのは顕微鏡で見ることはできませんが、HPVに感染した細胞は、コイロサイトーシスという特徴的な形態変化を遂げることが知られているため、ウイルスを直に見れなくとも、感染しているかどうかの判定ができます。HPVについては現在有効なワクチンが開発されています。

 次に、真菌について。真菌は聞きなれない言葉かもしれません。カビの仲間だと思っていただくとわかりやすいと思います。健康な状態では、真菌に感染することはあまりありませんが、長期間の免疫抑制やひどい糖尿病の状態などでは、容易に感染することがあります。クリプトコッカスという真菌はハトの糞の中にいることがあり、重度の免疫抑制中の人では、脳炎を起こすこともあります。クリプトコッカスはHE染色でも見ることができますが、墨汁法という方法を使うより明瞭に観察できるようになります。この方法は書道で使う墨汁を垂らすだけなのですが、暗い背景にクリプトコッカスが浮かび上がって見えます。

クリプトコッカス

 最後に、寄生虫について。今どき、寄生虫とかいるの?と思うことなかれです。今でもまったく遭遇しなくなったわけではありません。ただ、寄生虫症というのはもともと風土病みたいなところがあって、特定の場所に集中的に住み着いている寄生虫が多いので、かなり地域差があります。大村智博士が開発したイベルメクチンという薬はノーベル賞を受賞しましたが、この薬は糸状虫という寄生虫に劇的な効果を示します。アフリカの特定の地域では、糸状虫によって年間数万人が失明するという甚大な被害が起きていたのですが、イベルメクチンが無償で提供されたことにより、失明する人の数は激減しました。まさに「奇跡の薬」です。

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 ところで、この糸状虫、日本にはアフリカのものとは違う種類のイヌ糸状虫というのがいて、ヒトの肺に迷い込んでしまうことがあります。そのとき、肺に塊ができてしまうので、肺癌と思われて手術が行われることがあります。その後、病理標本を見て、実は寄生虫の仕業だったんだなということがわかります。

 わずか4種類の病原微生物の話しかできませんでしたが、感染症といえども病理とつながりがあります。

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