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1人病理医

病理医は足りていないとよく言われています。まあ、外科だって、産科だって、小児科だって、法医学だって、足りてない議論を始めると、「いやいや、うちんとこだって・・・」と名乗りを上げる診療科は山ほどあるでしょう。いや、あるどころか、多分ほとんどすべての診療科が「何と言われようと、うちの科は絶対に足りていない!」と言うはずです。そもそも、必要医師数を何を基準にして、どう算定するかで、充足しているといえる閾値はかなり変わってきますから過不足の問題は議論が難しいところです。まあ、本質は不足ではなく偏在にあるのですが、今日は偏在の話は置いておきましょう。

さて、絶対数で議論すれば、病理医の数が圧倒的に少ないことは間違いありません。しかし、僕は、別にそのことを極度に悲観的に思っているわけではありません。病理医の数が無限に増えればいいなんてことは実際全く思っていません。だって、内科医と病理医の数が逆転してしまったら、医療は破綻しますしね。ただ、減り続けるのは困ります。病理医という職業が無くならない程度に適度に新しい人材が補填される必要はあります。今日はしかし、若手医師のリクルート問題を語るわけではなく、絶対数が少ないがゆえに生じる、一人病理医の問題をお話しします。

診療科の医師がたった一人しかいないというのは、結構恐ろしい状況です。仕事を分担することができないので、すべて自分だけでこなす必要がありますし、つまりは、すべての責任を自分一人で背負うことになります。相談する相手はいません(遠くにはいますが)。孤独です。休みはもちろん取れません。いままで、このマガジンで紹介してきた病理医の仕事、組織診断、切り出し、術中迅速診断、病理解剖、細胞診断、臨床とのカンファレンス、それらすべてをたった一人で、もくもくとこなしているなんて信じられますか。

しかし、全国には今現在も多数の一人病理医が存在しています。

何となく想像できると思いますが、彼らは基本的に相当なスペックの持ち主です。飄々とすべての業務をこなします。マルチタスクも何のそのです。時間のやりくりも相当に上手です。ああ、超人って本当にいるんだなあ、と痛烈に実感させられます。それで、日常がつつがなく回っていきます。

超人に任せておけば万事OKめでたし、めでたし・・・なんてわけには絶対いきません。元気な間はそれでいいですよ。超人たちが遺憾なく力を発揮できる間は誰も困りません。しかし、所詮は単なる人間です。病いと老いを避けることはできません。

多くの医師は大学医局に所属していますから、不測の事態が生じた場合は、応援を要請することは可能です。しかし、考えてみてください。そもそもなぜ一人病理医という状況になっているのかということを。実は、大学医局自体に人がいないことがその根底にあります。病理医を二人にしてあげたくてもそんな余裕が全くないのです。だから、ハイスペックな一人病理医が倒れると、数々の負の連鎖が起こります。まず、病理業務はほぼすべてがストップします。生検をしても見てくれる人がいません。術中迅速診断ができないので、手術の質が落ちることは必至です。病理解剖をしたくてもできません。細胞診断の精度が管理されなくなります。臨床は病理医にアドバイスを求めることができなくなります。ないない尽くしです。しかもこれだけではありません。ハイスペックの穴を埋めるために、日替わりで病理医が派遣されてきますが、そのやりくりが大変です。派遣医師は自分のところの業務をしながら、空いた時間で仕事をしに来るわけですが、単純に言えば労働量が2倍、場合によっては、それ以上になることと同じです。疲弊します。そうすると、本来の自分の病院の業務にも支障が出ます。

一人病理医が医療に与える影響は多大です。

僕もいつ一人病理医になるかわかりません。明日は我が身です。これは決して他人事の問題ではありません。もし、そうなったら、たとえ病理医1年目の医師でもいいから、あと一人でもいてくれたらと、きっと思うでしょう。だから、我こそはと思う、中高生医学生の皆さん、ぜひ病理医を目指してください。

こんなデメリットを語ってばかりだと、「病理医になるのやっぱヤーメタ」となるかもしれませんね。でも、こういう負の側面があるということも知っておいてほしいと思います。

完全な解決法はまだ誰も提示できてはいませんが、解決の糸口のひとつとして、AIの活用はあると思います。AIについては、僕もいずれ深くかかわりたいと思っていますので、そのうち具体的なアイデアを提示できるかもしれません。

ふたつめは、ネットワークのあり方を変えていくことです。これまでは、大学医局という枠組みが地域医療を支える柱でした。大都市であれば、大学医局に所属しない凄腕の医師も山ほどいて、大学医局に頼らないネットワークを構築できているかもしれませんが、地方ではいまだにそうはいきません。しかし、もう大学医局という単位で物事を考えていては、追いつかない状況になりつつあります。せめて、地方単位(九州とか中国・四国とかいう単位のことです)で人材のやりくりができるようになれば、状況はかなり好転すると思います。

SNSを通じて情報を発信する意義は、地域を超えた、想像を超えたネットワークを築くことができるところにあります。このマガジンを通じて僕も様々なネットワークを構築していきたいです。

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