orbit より S.O.S

ちっぽけな自分のことをどの角度からみてもまるで価値なんて無いように思ってしまう夜があるかと思うと、自分には他の誰にもなし得ない大きな使命を持って生まれてきたのだと根拠もなく思える昼間もある。
気分という一言でいうにはあまりにも繊細で激しい感情の波を乗りこなせる時もあればあっけなく飲み込まれ沈んでしまうこともある。

電線の隙間を縫って一筋の飛行機雲が空を横切ろうとしている。
鳥の群れが紙吹雪のようにひらひらと、どこかを目指し飛んでゆく様子を眺めながら駅に向かう。
イヤフォンからはNujabesが流れている。
ビートを効果的に彩るのは発砲音か、と思えばそれはイヤフォン越しに響く小学校から聞こえる運動会の予行演習の音だった。
Nujabesは拳銃の音を楽曲に組み込むようなことはしない。多分。
イヤフォンを外してしばらくその音に耳を傾ける。
「クシコスポストだったかな。天国と地獄だったかな。」
そんなことを思いながら歩みを進める。

わけもなく、なんか苦しいのはなぜだろう。
望みをかけて再生していたはずの音楽さえも貫く銃声で、この世界は俺に何を思い出させようとしているのか。
思いとは裏腹に頭は思考をはじめている。
ふと、もう二度と自分がリレーのバトンを友達から受け取ることがないからかもしれないな、と思う。

あのとき、受け取り損ねたバトンは前の走者が渡し損ねたとも言える。
なんとなくそれはクラスの中にぼんやりと存在する格付けのようなもので悪者が決まってしまうような曖昧なことで、あのときバトンを落としたのは俺ではなく渡し損ねた彼のせいになった。
彼は名前を村木といった。
彼は50m走ったあと、バトンを渡そうとして俺はバトンを受け取ろうとした。
正直にいってどちらのせいでもないと思う。
だけど、走りきった村木の安堵の表情とその直後にバトンが手を滑り落ちてグランドに落ちるまでがスローモーションで今でも再生される。
直後の申し訳なさそうな村木の顔はいまでも鮮明に思い出せる。
結局リレーは5クラス中4位だった。
誰も俺を責めはしなかった。
矛先は、気が弱く優しく普段から何を言われても寂しそうにニコニコするしかできない村木に向いた。
誰も、ほんとのことはもう覚えていないとおもう。
俺と、村木だけがその時の事実とその後に突きつけられた現実の歪みを知っている。
俺は結局、最後まで村木をかばう事もできず謝る事もできず挙げ句の果てには村木を責めるクラスの空気にただ苦い気持ちで賛同し続けることしかできなかった。
自分はなんてずるい人間なんだろう。
いつもなんだか、後悔したことばかり思い出してしまう。
もう一度あの日に戻れたなら
今度はちゃんと村木の歩幅に合わせてしっかりバトンを受け取りたい。
万が一、落としてしまったとしてももう村木のせいにはしたくない。
ただ、大きな空気感に飲まれて大切なことを歪めてしまうのはとてもダサいことだ。
誰も村木のことを守らなかった。
あのとき、あの世界で本当のことを言えたのは俺だけだったのに。
村木は言わない。優しいから。
俺のせいにならなかった。
だから、俺は誰からも責められなかった。
どんな気持ちで村木はあの日々を過ごしたのだろう。
もしもどこかでまた会えたら、その時のことを話したい。
彼はなんていうだろう。

電車をまつ駅のホームで、なんとなく小学生のころのままの彼の面影を探してしまう自分に気付いてバカバカしくなって笑ってしまう。
あれっきりで、全然会ってもない、もう大人になってるんだからわかんないよな。
もしも、運命が描く軌道が重なり合うならきっとどこかでまた出会う。
そんな都合のいいことを言い聞かせながら、まるで教室へ続くかのような電車の扉をくぐって俺は社会へと出向く。
受け取り損ねたバトンをちゃんと拾いにいくために。