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打ち続けるということの輝き

 横田大輔の写真を煮るなり焼くなりして、アートブックフェア(Photobook JP)で無料配布する書物を無償で造本設計して欲しい 、とフェアを主宰している小林くんにお願いされた。丁重にお断りしようと思っていたのだが、こちらの丁重さよりも小林くんの丁重さが勝り、昨年末、印刷会社と製本会社の方々も交え、ぼくの仕事場で打ち合わせをした。兎に角、カッコいいデザインにして下さい! という完 全に人任せのお 願いだったので 、改めて丁重 に丁重を重ねてお断りしようと思ったのだが、印刷会社の藤原印刷とは一度も仕事をしたことがな かったので、主宰者である小林くんに照準を合わせていたぼくの意識を、藤原印刷の藤原くんに変えた。 

  一度も仕事をしたことがない印刷会社と良い仕事をするためには、その印刷会社の現場を一度は偵察することにしているぼくが、長野県松本市にある藤原印刷株式会社に足を運んだのは年が明けてすぐの頃だった。

  日本初の携帯型トランジスタラジオ「 T R - 5 5 」をソニーが発表した195 5年(昭和30年)、藤原印刷株式会社の創業者である藤原輝は日経タイプライター「OMC335」を購入、自宅の一室に藤原タイプ社を創設する。その藤原輝が遺した言葉が「心刷」。創業当時は一台のタイプライターで、一文字一文字に心を込めて仕事をしていたという藤原輝の想いを、現在でも藤原印刷の方々は守り続けているという話を聞いたぼくの意識は、藤原印刷のエントランスの片隅にひっそりと置かれているタイプライターに注がれた。詳しく話を聞けば、多少のメンテナンスをすれば稼働すると言われ、一人だけこのタイプライターを打つこと ができるスタッフもいると言う......。

 横田大輔と初めて会ったのは2010年(平成22年)、リクルートが主催する写 真のコンペティション「1_WALL」の会場だった。彼はそのコンペティシ ョンでグランプリを受賞し、その後もアグレッシブに写真と向き合い活動の場を拡げていった。受賞後に夜の街へ繰り出し、これからどのようにして彼が写真と向き 合っていくべきなのかを話した曖昧な記憶が残ってはいるが、その後に再会する時はいつも海外の空港の人気のない喫煙所だった。独り煙草を吹かす彼の姿は、すっかり写真に取り憑かれた男の姿だった......。

 ぼくが敬愛する織田作之助が1946年(昭和21年)に発表した短編小説『注射』を選び、藤原印刷のタイピスト・市川恵子がタイプライターで文字を打ち、横田大輔の姿と女性の裸体が写し出されている写真を選び、この書物のタイトルを『Heartpressed』(心で刷るという意味だけではなく苦労するというニュアンスもある)にしたということは、必然の結果であった。

 まんまと造らされちゃったね、小林くん。今度、麦酒でも奢ってね(笑)

 追伸

 アートブックフェアで無料配布するというこの書物を手にした読者の方々には、注 射をするくらいなら死んだ方がましだ、と思っていたにも関わらず注射を打ち続けた主人公の尾崎を横田(もしくは、藤原)と置き換え、注射という名詞を写真(もしくは、タイプ)というニュアンスに変換して読み返してみていただければ幸いである。                    

                                町口覚

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