家庭を持った専業主婦の、私の義務

この度、エッセイのコンテストがあると言うことで、ありのままの今の自分を記録したいと思う。

そして願わくば、同じ境遇の人には仲間意識を、そして畑違いの方には少しでも異なる想いがあることを知ってほしい。

現在の私は、専業主婦。

このフレーズだけで批判される世の中である。

ただ私だって、好きでなったわけではない。

転勤を伴う仕事についている主人と結婚した。

それも、夜勤や急な呼び出しもあり、災害時には仕事に駆り出される。

ただ、それはごくたまに、の話。

(お陰様で、家計はカツカツなのだが。)

そして私の前職は、介護福祉士。

リモートワークなどないのだ。

そして、出産するまでは介護福祉士として働いていたものの、第一子が産まれ、その後保育園に落ちてからはもうずっと専業主婦。

そう、ありとあらゆる方面から批判される専業主婦。

転勤先の孤独な家で、幼児2人をみる毎日。

世帯主である主人の仕事に合わせてたら、夜間の仕事もできやしない。

え、在宅ワーク?

育児家事その他家族のこと全てをこなした上で、在宅ワークまで手が回らない。

言い訳と言われても仕方ない。

できる人には出来るもの。

それだけ、私はポンコツな人間なのだ。

子どもを、育てることにどれだけの労力が必要なのか…産む前の私に教えてあげたい。

そして、1人でいいって決めてたのに流されて2人目を産んだ自分をもう一回説得したい。

あなたを助けてくれる人は、いないですよ、と。

家事も育児も孤独ですよ。

主人はゲームとスマホしか興味はありません。

変わりません。

会話もありません。

義両親とは縁切りしますよ。

両親は孫を疎ましく扱いましたよ、と。

先日まではありとあらゆることに頑張っていたのだが、急に糸が切れたようにやる気がなくなった。

心が壊れるとはこういうことなのかと悟った。

全てがどうでもいい。

幼い子どものいらない、しない、攻撃すら、私の存在意義を否定される恐怖を感じ、夢にまで出てくる。

何度も話しても、耳にイヤホンをつけ、話を聞いていない主人に心底絶望する。

でも、私は子どもを産んだ以上、逃げ出すことはできない。

幼い子どもを育てるためには、心を無にしても主人と結婚生活を維持して、お金を稼いで貰わねばならない。

最後の足掻きだと思う。

結局は、誰かの脛を齧って生きていかねばならないという屈辱。

子どものことは大切なのに、子どもに両足を縛られている窮屈さ。

情けなくて心が泣いている。

でも、昔の人もそうだったはず。

生きるためには我慢すべきことが沢山あるのだ。

戦争もない平和な今、食べたいものを食べられる今。

こんな幸せはないのだと、頭では思う。

心で実感できるまで、後何年か…。

その日が来るまでは、ひたすら毎日をこなしていく。

それが、私の義務なんだろう。

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