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10/13 19:30〜

夕飯を食べ終えて、息子のご飯まみれになった服や食べこぼしで汚れた床を夫と2人で片付けた。夫は、息子から脱がせたシャツをシンクに持っていき、濡らしながら丁寧に一粒ずつ取っていく。そんなこともしてくれるんだなあと感心する。

それから徐に、PS4の電源をいれてオンラインゲームをしはじめた。夕飯を食べ始めるのが少し遅かったから、食べ終わったのは19時過ぎ頃で、いまは19時半前。

今からゲームかあ。まあいっか。

カウンターに置きっぱなしだった、今日届いた本に手を伸ばす。『ふたりは同時に親になる 産後の「ずれ」の処方箋』(狩野さやか)というもの。

少し前にツイッターのタイムラインで流れてきて、目次を見てみたらなんとなく共感できそうな項目がちらほらあった。そのときに「第一子のときに読みたかった〜」とツイートしたら、先日出産間近の友人から「読んでひよった」という感想をもらった。たしかに産前はひよるかも…と申し訳ない気持ちになりつつ、興味が出てきてアマゾンでポチった。
適当に流し読むと、基本的には父親向けに書かれている本だった。夫には「産後のママのリアル」という章を読んでもらって、私は「パパのリアル、パパの事情」という章を読もうと思っていたけれど、全体を通してパパ向けな感じだ。これごと渡しても嫌味っぽいなあと思いつつ、共感したところのページの端を折っていく。それだけだとプレッシャーをかけたいだけみたいになるから、自分の心に留めておきたいページの端も折る。

実際、夫に伝えたことがあった内容が本文に載っていた。

ママの心の中には、「ふたりの子どものことなのに、なんで私だけがこんなに負担を強いられるの! なんであなたはそこまで無関心でいられるの!」、という強いアンフェア感が生まれるのです。

そうそう、不公平感。この不公平感って、もう不満をマイルドに伝えることなんてできなくて、ダイレクトにイライラを伝えるしかできないんだよなあ…。例えば、いま。私は今日の息子の様子を総括して寝かしつけにかかりそうな時間を考えて、お風呂に入る時間を逆算するけど、夫はたぶん何も考えずに「食後の一息」くらいでゲームしてるもんなあ。この意識の差を不公平に感じるんだよねえ。

と、本から目を離し、夫と息子をぼんやり眺める。

息子は、夫の膝でくつろぐ愛犬を撫でて、上手に撫でられたことが嬉しくて、ニヤニヤ笑っていた。ソファに座ってる夫が「みた?」と私を振り返る。「なでなで上手だねえええ」と息子に声をかける。

大事なことってなんだろう。

息子を21時までに寝かしつけるために私が一人でピリピリして、私がピリピリしてることに夫も少しイライラして……。そこまでして21時までに息子を寝かしつけることって大事だろうか。もっと大らかな気持ちで構えて、誰もピリピリしないで過ごせる方が、よっぽど大事なんじゃないだろうか。

本を閉じて、夫が座るソファの隣に腰かける。大人のまねっこをしたい息子は、自分も乗せてと私に訴える。抱きかかえて、乗せてあげる。ふにふにしていて、気持ちいい。

いつもなら「お風呂に入ろう」とか「お風呂に入ってくれる?」とか「お風呂に入るから、息子を受け取ってくれる?」とか、必ず私が切り出すけど、それらがなかったらどうなんだろう。夫はどうするのだろう。

そんなことを頭の隅で考えながら、息子とじゃれ合う。私が「め〜」と言うと息子は自分の目をおさえて、「はな〜」と言うと自分の鼻を触るようになった。「おへそ〜」も分かる。頭と耳も教えると、すぐに覚えた。目と鼻と耳は、ハッキリじゃないけどなんとなく言えていた。可愛い。可愛すぎる。

こんな可愛い子を育てているのにイライラするなんて、アホくさい。私が夫にイライラしていることを隠しながら子どものことを淡々とやるよりも、こうやって子どもと無邪気に遊ぶことの方がよっぽど大事だ。

「わき〜〜〜!!!」と言ってくすぐると、キャッキャッと声をあげて喜ぶ息子の笑顔を見て、そう確信する。

夫がオンラインで繋がってる友人に「一旦おれ20時で抜けまーす」と言う。時間は19時40分。家事も育児も何もせず、ただ息子とソファでゴロゴロしているだけの私から何かプレッシャーを感じたのだろうか。

私は息子と遊び続ける。夫の膝にいた愛犬が、時々うなっている。じゃれ合って動く私や息子が邪魔らしい。

「きゃ〜〜落ちる〜〜〜!」とふざけていると、すかさず夫が私の下半身をソファに引き上げる。息子に言ったのに、と思うけど、心配してくれたことが嬉しくて黙っておく。

20時過ぎ、ゲームを切り上げた夫が「お風呂ためよーっと」と動き出した。今日はシャワーだと思ってたのに。というか、もう遅いからシャワーでいいのに。

「なんで?あったまりたいの?」と聞くと、ウンと答える。私もお風呂につかるのは好きだしなあ…と黙って見送って、息子と遊ぶ。ワキをくすぐられるのがたまらなく楽しいらしい。

お風呂をためて戻ってきた夫がキッチンに立ち「洗い物だけ手伝ってくれる?ここ(水切りカゴの中)だけ片してほしい」と言う。

オッケー!とソファから立ち上がるも、息子が少し咳込んだのを見てから薬をあげ忘れていたことを思い出す。「その前に薬あげちゃう。夕飯後にあげ忘れてた!」

冷蔵庫からオブラートのチョコゼリーを取り出して、キッチンのはじっこでスプーンに薬とオブラートを交互に乗せる。息子を呼ぶと、嬉しそうに近寄ってきて、ゆっくりすする。それを何回か繰り返して、息子は薬を飲み終える。

その間に夫は水切りカゴの中を片付け終えて、洗い物をはじめようとしていた。ちょうど「もうすぐ、お風呂がわきます」のアナウンスが流れる。

「洗い物は私やるから、息子とお風呂入っちゃってくれる?もうたまるみたいだし!」長袖をめくりながら、キッチンに立つ。

「まじで?イエーイ!」足早にキッチンから出た夫は、リビングにいる息子を抱きかかえる。お風呂はいるよ〜と言いながら、手際よく服やオムツを脱がせ、浴室に向かった。

洗い物を進めながら時計を見ると、20時半前。今日の息子は昼寝をしていないから、まだぐずってこそいないけど、もうクタクタに眠いはずだ。19時半にお風呂にはいっていれば、もうとっくに寝ていただろうな。

大事なことってなんだろう。気持ちよく過ごせることが大事なはずだ。規則正しい生活はその基盤だけど、その基盤を作るためにイライラするのは、本末転倒なんじゃないか?でも1歳の子どもを寝かしつけるのが21時過ぎってどうなの?なんかもう、わかんないなあ。

浴室から息子と夫の笑い声が聞こえてくる。大事なのは間違いなくこの笑い声と笑顔だ。これがたったの1時間早ければ何も悩まないわけで、でもたったの1時間ならそもそも悩まなくていいんじゃないの?

本来の何事も大雑把な私と、産後神経質になった私が、育児という分野で闘っているのだ。2人の笑い声を聞きながら洗い物をしていると、大雑把な方の自分にシフトしていくのを感じた。

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