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立証が最も難しいかもしれない犯罪

 「疑わしきは罰せず」とは日本の刑事裁判において、事実の存否が明確にならないときには被告人にとって有利に扱わなければならないという原則がある。犯罪が発生した場合、加害者・被害者の言い分以外にも、目撃者がいたかいたとするとどういう状況だったかを正確に聴取する以外に、加害者・被害者と目撃者の関連性がないか(グルになっていないか)、防犯カメラの記録など調べる必要がある。

では、犯罪が家庭内で起こった場合はどうか?

〈子どもが頭を打ったら 後編〉相次ぐ無罪判決、虐待判断の”SBS理論”に疑問 「疑わしきは親子分離」でいいのか 東京新聞

 まず虐待は家庭内で起こることが多いため、親の携帯で撮ったり(LineなどのSNSで動画共有)しない限り、証拠は残らない。となると、証拠は医学的な虐待所見と加害者・被害者の証言が鍵となる。

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最近は虐待という表現よりマルトリートメント(maltreatment;不適切養育)という表現が正しいが、今回は虐待という表現とさせていただく。虐待には大きく2つの種類 ①身体的虐待 ②性的虐待 がある。

①身体的虐待を診断するためのジグゾーパズル:

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②性的虐待を診断するためのジグゾーパズル:

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今回の揺さぶられ症候群(Shaken Baby Syndrome=SBS)は0-1歳が多く、
・両親から得た医学的ヒストリー:「悲劇のヒロイン」を演じる場合が多い
・子どもから得た医学的ヒストリー:そもそも話が出来ない
・第三者から得た医学的ヒストリー:祖父母同居でない限りほぼ見込めない
・身体医学的症状/身体医学的所見:皮膚症状はでない、脳挫傷強ければ意識障害が主訴。
・挫傷/軟部組織損傷:異常がないことが多い
・骨折/頭部/腹部損傷:頭皮の異常がないことが多い
・出血疾患否定のための血液検査:
・全身骨撮影/脳CT・MRI/他の画像検査:頭蓋内血腫、脳浮腫の存在の有無、眼底出血の存在の有無
・警察の捜査、取り調べ:本当のことを聞き出せるかどうか
・児童相談所
・同胞の状況:不適切養育があれば疑わしくなるが決定打ではない

となると、「両親から得た医学的ヒストリー、警察の捜査・取り調べ」「全身骨撮影/脳CT・MRI/他の画像検査」しか有用な情報は得られない。

主治医がShaken Baby Syndromeを疑う場合は、両親から得た受傷状況と医学的所見の不一致が明らかであれば、CA委員会やカートなどの委員会を臨時で開催し、医師・看護師だけでなく心理士・精神科医なども交えた話し合いを繰り返す事になる。自身の経験では、画像が派手な所見のわりに、当初母が虐待を否定した発言をしていたが、数日後自白して虐待が判明した症例を数例あり、「やっぱりな」と納得した記憶がある。母の説明もコロコロ変わることもあった。

 ここで、一つの疑問が出てくる。ソファーから落ちた、ヨタヨタあるていたら転けたなどちょっとした頭部外傷で来た子どもが「頭蓋内血腫、脳浮腫、眼底出血」が起こるのだろうか。答えは「99%以上No!」である。(もしこの所見が頻繁に起こっているのであれば小児科医は積極的に頭部CT、眼底検査を勧めることになってしまう)。小児の頭部CTを勧める基準は、高エネルギー外傷の受傷歴や5分以上の意識消失/健忘、傾眠傾向などがある場合に限られる。

高エネルギー外傷
・1m以上の高さからの転落
・階段5段以上からの転落
・飛び込み
・自転車や自動車からの放出
・自動車による追突・接触転倒

日本は海外に比べ、虐待の報告が少ないし、デリケートな問題ということも相まって現場や裁判で虐待のイロハが十分浸透していない。

今後、Shaken Baby Syndromeの立証がより厳密になり、真実が葬られないことを真に願うばかりである。

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