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「切貼民話師」としての活動、始めます‼️

突然ですが、これまでずっとやりたかった活動を始めたので、今回のブログで紹介させていただきます。

私がずっとやりたかったこと、それは
「切貼民話師(folktallager)」としての活動です✨

…は?なんのこっちゃ?ですよね。
なにせ、私が創った造語なのですから。

今回のブログでは「切貼民話(folktallage)」および「切貼民話師」とは何かを説明させていただきたいと思います。

「切貼民話」の原点

きっかけとなったのは、前職のコミュニティー・スペースで行なった手ブレ写真×民話表現の実践。


地域の民話を知り、それをきっかけに手ブレ写真や和紙などを使って生き生きとコラージュし、既存の民話をリメイク、さらには新たな想像の物語を生み出していく子どもたち。この姿を見て、私は目から鱗が落ちました。

それ以来、ずっと心の奥底には「あのワークショップをもう一度やりたい!私自身も何か表現したい!いずれは様々な場所でワークショップしたい!」という思いを抱くようになりました。

「切貼民話」に込める思い〜なぜ「民話」「コラージュ」なのか〜

私が「民話」「コラージュ」に魅力を感じた理由、それは両者ともに「既存のものの固定観念や既成概念を取り払い、それらを混ぜ合わせて新たなものを生み出す」というマインドを持っていると感じたためです。

まずは民話について。

まだまだ詳しくないですが、いくつかの地域の民話を読むと、河童や天狗、龍などといった伝説の生き物が共通して登場したり、類似したテーマの民話が存在したりします。

面白いのは、似ている部分こそ多いけれど、細かな内容(その地域に根差した文化や慣習、自然、地名、登場人物など)は民話ごとに異なること。

あくまで私個人の捉え方ですが、元来その土地に根付く様々な要素や特色が、他の土地から伝播した河童や天狗などの要素や自然災害や不思議な現象、疫病などの未知の状況と出会い、混ざり合うことによって新たな意味を持つようになり、その結果生まれたのが民話であると考えています。

例えば、それまでは地域にあった何の変哲もない杉の木が、かつては原因不明とされていた疫病や元来この地域にはなかった天狗という要素と混ざり合うことによって、やがて「あの杉の木は天狗が棲む杉の木だ」と人々から大切にされる対象へと変容していきます。また同時に、原因不明だった疾病は「百日咳」「流行り風邪」という新たな名を持つようになり、天狗は「百日咳」「流行り風邪」を治した英雄としてそれぞれ変容し、その地域に根差していくのです。

埼玉県坂戸市には、百日咳を払ったとされる天狗の伝説がある。
この民話を知った子が、偶然撮れた木の手ブレ写真(「上吉田の一本杉」ではありません)を一本杉に見立て、天狗の絵を描いてコラージュして作品を作りました。

「杉」「百日咳」「天狗」…これらは本来全く関係がなく、それぞれ独立した要素です。それらを結び付け、混ぜ合わせ、それぞれを互いに変容させていく力を持つ「民話」という枠組みや、そのようなアプローチを生み出した先人たちの考え方に惹かれ、私は「民話」にこだわるようになりました。

同様に、コラージュというアプローチも、写真に撮られた対象を捉え直し、混ぜ合わせる中で新たな変容・意味を生み出します。

花や時計だったものが人の顔に変容したり、太陽系の惑星が食べ物に変容して皿の上に並べられていたり…こうした作品たちからは、私たちが日頃抱いている価値観は不変的・固定的なものではなく、それらを問い直すことにより新たな想像・創造を生み出す道筋が見えてくるというメッセージが伝わってきます。

こうした点から民話とコラージュには共通性があると考え、これらを掛け合わせて「切貼民話(folktallage)」というアプローチを考えました。

埼玉県坂戸市に伝わる「光る石」(網で魚を捕っていた漁師が何度も何度も光る石を引き上げた)という民話を知った子が、複数の手ブレ写真をコラージュして「光る石」を表した。

「切貼民話師」としての初活動!〜大好きな山梨で「切貼民話」を行う〜

では、ここからは私の記念すべき初めてのフィールドワーク&初めての作品を通して「切貼民話(folktallage)」とは何かを説明していきます。

突然ですが、私は山梨県が大好きです。なんとなく空気感や波長が合うことと、学生時代6年間を過ごし、そこで得ることができた体験が大切な思い出として心に残っているからなのかも知れません。

そんな山梨愛に溢れる私は、これから「切貼民話師」として活動していく主なフィールドとして山梨県を選びました。

「YAMANASHI DESIGN ARCHIVE」という素敵なホームページを見つけて興味深い民話をリサーチ。作品制作の素材(写真)を集める場所を決めてフィールドワークをしました。

初回のフィールドワークは、山梨県甲州市に決定。

今回のブログで紹介するのは「裂石」をもとに作った3種類の切貼民話です。最寄りとなる塩山駅からはかなり離れた場所にあり、車が運転できない私は電動自転車を借りて現地へ向かいました。田舎育ちで鍛えられた?私の脚と電動アシスト機能をもってしてもかな〜りハードな坂道。

なんとか目的地まで辿り着くと、驚きの光景が広がっていました。

巨石な石が見事に真っ二つ!思わず「おぉ、すげぇ…」と声が出てしまいました。

…行基菩薩が甲斐に来り、大菩薩嶺の山中に行化していると、霊雲湧き、山谷鳴動し、五丈余の大石が俄かに二つに裂け、裂け目より一本の萩の大木を生じた。行基これを伐って三体の観音菩薩を彫刻し、その一体を、山麓の神金村上萩原の地に安置し、一寺を創立して裂石山雲峰寺と号した。

「YAMANASHI DESIGN ARCHIVE」ホームページより抜粋

まさに人間の力を超えた存在、霊力が成し得た業としか言いようがないほど、巨石が綺麗に裂けています。なるほど…。

しかし、ここで終わらないのが「切貼民話師」。この言い伝えは、あくまで「先人たちは、このように考えた」という仮説。つまり、どうしてこの石が裂けたのか、その謎を探究し、新たな仮説や民話を生み出す権利は、今の世の中に生きる我々にだってあるはず。

そう考えた私は、「裂石」周辺にある直感的に目に入ったものを、片っ端から写真に収めていきました。

何かの儀式?供養?をした跡でしょうか。焼け焦げた痕跡がありました。
綺麗な放射線状の葉っぱ。これも何か不思議なオーラを感じます。
これはキノコでしょうか。奇妙なフォルムだったので、思わずパシャリ📸
なんだかイノシシの顔みたいな木。
訪れた日、訪れた時間に見える雲だって、「切貼民話」の大切な要素です。
ヤギの目のような形の幹。
これは何かの手に見える…!

さらに周辺の音も録音し、制作の手掛かりにすることに。この日は風が強かったため、ゴーゴーという風の音や、獣避けらしき鳥の鳴き声のような電子音が聞こえてきました。

これらの要素を持ち帰り、写真を印刷。
すると、不思議なことに気付きました。

写真の中央をご覧ください。何か見えてきませんか?

この写真の中央、裂石の真ん中にある木に注文すると、まるで何かの獣の赤ちゃんが歩いているように見えてきたのです。

この閃きから生まれた「切貼民話」がこちら。

不思議な満月が現れる夜、死に別れた父猪と母猪が、子猪が独りぼっちで迷わないよう、真っ直ぐ生きていけるよう、道標を作るために巨石を裂いたー。

これが「裂石」の新たな「切貼民話」です。

さらに、こんな作品も出来ました。

手のような木、顔のような石などを切り貼りして生まれた伝説の剣豪。この剣豪が巨石を真っ二つに斬って生まれたのが「裂石」だと言われているー。

まるで、某海賊漫画に登場する剣士ですね(笑)

この2つの「切貼民話」の制作過程で余った素材を使い、こんな作品も生まれました。

オサキサマ。この地域に棲んでいた先住民。「さき」に棲んでいたことと、石をお「さき(裂き)」になったという2つの意味を持つ。オサキサマの存在を信仰する人々の間では、「さけいし」ではなく「さきいし」ないし「おさきいし」と呼ばれているー。

なんだかそれっぽい「切貼民話」になってしまいましたね。

愛嬌があって可愛い「オサキサマ」。結構気に入っています。きっと裂石がある高い地から甲府盆地を見守ってくれているのでしょう。

このように、民話に纏わる場所を訪れ、そこにある様々な要素を集めて写真にし、それらを眺めて閃いた感覚を大切にコラージュして新たな民話や伝説の生き物を想像・創造するというアプローチが「切貼民話(folktallage)」であり、それを行う人が「切貼民話師(folktallager)」なのです。

まとめ

以上、長々と書いてしまいましたが、「切貼民話」および「切貼民話師」についての紹介でした。

初回のフィールドワークではまだまだ訪れた場所があり、絶賛作品制作中です。また、山梨にはまだまだたくさんの民話があり、かつ「切貼民話」は訪れる時々によって得られる素材が毎回変わるため、同じ場所であっても永久に作品を作り続けることができます。

こうした「切貼民話」および「切貼民話師」としての活動を、これからのライフワークにしていきたいと思います。少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。


最後までご覧いただきありがとうございました😊

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