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早くクビになりたい数学教師

2024.04.19
ペぎんの日記#19
「早くクビになりたい数学教師」


私の人生において「普通な数学教師」というものに会ったことがない。数学を教えてくれる先生は、揃いも揃って皆変人だった。

今日は、そんな変な先生の1人が授業中にこぼした愚痴の話。

高校1年生の頃から、生徒の間でよく話題にのぼる先生だった。
私自身は残念ながら授業は持ってもらえていなかったのだが、その先生に授業を受けている生徒いわく「教え方は酷いけど授業は面白い」とのことだった。

私が高1の頃のその先生のイメージはこんな感じ。
私のクラスで授業が始まってから5分くらいして、カツカツと独特な革靴の音を響かせて隣のクラスに授業をしに行っている。それも毎回。遅刻魔。
学校にはかっこいいバイクで通っている。色んなパイプやらエンジンやらがむき出しで、年季が入っている。一度先生がそのバイクで帰っていくところを見たことがあるが「え、それ大丈夫なの?」って思うくらいマフラー音がデカかった。暴走族。
髪の毛はチリチリで、全身mont-bellコーデ。帽子かバンダナをしていたら先生って言うよりガイドさんに見えるかも。もちろん、儀式のときのスーツは似合っていない。そしてシワシワ。
廊下でいろんな生徒とよく話している。お互いなんか楽しそう。根はいい先生なのかもしれない。

そんな先生が、今年度は私のクラスの数学の担当になった。不安半分、ワクワク半分。

そして迎えた最初の授業。挨拶を終え、先生が放った最初の言葉。
「俺日本語苦手だからさ、授業中だけじゃ上手く伝えられないかも知んないから、お前らYoutubeとかで解説動画見たりして勉強すんだぞー」
教室から爆笑が起きる。先生の言い方には、なんというか奥行きがあるんだけどもポップな感じというか、この言葉をすごく安心して笑える空気感が含まれていた。

そして何度か笑いをかっさらいながら自己紹介やら教科の説明やらが続く。そしてもう一度「俺は数学を教えるのが苦手だ」という話に戻ってきて、衝撃の言葉を口にした。

俺はねえ、早くクビにしてもらいたいんすよ!俺多分数学教師向いてねえんだ

教師の発言とは思えない内容に、私たちは大爆笑。なんか親戚のお兄ちゃんの馬鹿な話を聞いてるみたいな感覚。
そして先生は以前授業を持っていたクラスの佐藤くんに話を向ける(クラス編成はシャッフルされたので、今の私のクラスには以前この先生に教わっていた人もいる)。

「なぁ佐藤、俺が何かやらかしたらすぐに通報してな」

本心なのかふざけて言ってるのか分からないような言い方。でも笑っちゃいけないみたいな空気は全く無くて、教室中は「マジかよw」「不祥事はやめてくださいw」といった野次とともに笑い声に包まれる。

授業中はひたすら楽しいとだけ思って話を聞いていたが、今冷静になって考えてみると、「クビになりたい」って、先生にとってはすごく正直な思いなのでは無いかと思えてくる。
歳は聞かなかったが、まぁおおよそ40〜45歳といったところ。今から教師をやめて新しい職を探すのはなかなかきついところがある。少なくとも自ら教師を辞めることは恐ろしくてできないのではないか。
でも先生は、明らかに教師という仕事は向いていないように見えた。授業後半に教科書を少し進んだのだが、まだ私たちの方が上手く教えられるのではないだろうかというくらい、主語と述語、修飾語が入り乱れた説明だった。

教師をやめたい。教師をやめられない。そんなときに「クビ」ということになれば、先生の中で踏ん切りがついて、また新しい人生を歩き始められるのではないか。危機的状況に陥ったときのポテンシャルみたいなものは持ち合わせていそうな人だから、なんとかやるだろう。

もう初日で大好きになってしまった先生で、居なくなってはほしくない。けど、もし先生が教師をクビになっても、笑顔で送り出したいなって思った。

いや、クビになってほしくはないのだけれど。

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