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『コンフィデンスマンJP プリンセス編』監督:田中亮

'The Confidence Man JP: Princess' dir. by Ryo Tanaka, 2020

 6本観たらもらえる無料チケットの期限が今日で終わるのでしたが、緊急事態宣言解除後に初めて映画館で観る映画…などと無意味な思い入れを込めて劇場のラインナップを確認したところマジで観たいもんがなく、消去法に消去法を重ねて選んだのが『コンフィデンスマンJP プリンセス編』、例えこれが何から何までどうにかした作品であっても「東出昌大はおもしろいなあ!」とか、からあげのるつぼ氏のツイッター投稿みたいな事を言って自分を納得させればいいやと思ってたのでありました。でもま、事前に予告編くらいは観るよね。とそこで初めて知ったのですが舞台がシンガポールで超お金持ちファミリーが…ってまんま『クレイジー・リッチ!』やんけ。これは本当にどうにかしてるかもしれん(そもそも日本の映画だしな…)という不安を漂わせながら5ヶ月ぶりの映画館に行ったのでした。

 5ヶ月ぶりの映画館は偶数の席しか選択できないことと、例のスネ夫が消されるニューノーマル動画やら映画館は3密ではありません動画が繰り返し流れること、あと売店で買ったフード類を食べるためのテーブルと椅子が撤去されている以外は以前とあんまり変わらず、自分も「ああ私は映画館に戻ってきた」みたいな感慨は特にありませんでした。加えて平日の昼間なんでガンラガラ。たいへん快適であります。

 まず先に片付けておきますと『クレイジー・リッチ!』問題は全く無問題でした。無知な日本の一般大衆観客にはバレないとたかをくくってパクったとかそういう事でもなく、最初の日本でのシーン(ゴールデン街かな?)で「CRAZY RICH」みたいな看板が一瞬映るので、これは設定だけいただきました荒唐無稽なクソ金持ちアジアンつったらそらシンガポールっすよね先輩!くらいのノリで、全然(当然)別モノでした。前回のロマンス編(観てまへん)の舞台は香港でしたが2020年時点では流石にそうもいかないのであろう。ともあれ本作におけるメインキャストのうち「日本の俳優ではない」と言えそうなのはビビアン・スーだけ、つうか配給会社だってこの映画をインターナショナルにガッツリ売り出そうとは思ってないだろうし、もしこの映画をシンガポール人が観たら(しかし観る事なんてあるんだろうか)どう思うか、はちょっと気になりますがそれだってインド人にバーモントカレーを食べてもらって感想を聞こう的な発想かもしれない。

 で以下、手抜きして公式サイトからコピーしてきたあらすじに自分が俳優名を足したものですがどうぞ。
「世界有数の大富豪フウ家の当主レイモンド・フウ(北大路欣也)が亡くなった。遺産を巡り火花を散らしていたブリジット(ビビアン・スー)、クリストファー(古川雄大)、アンドリュー(白濱亜嵐)の3姉弟の前で執事トニー(柴田恭兵)が発表した相続人は、誰もその存在を知らない隠し子“ミシェル・フウ”だった。ミシェル捜しが続く中、10兆円とも言われる遺産を狙い、我こそはミシェルと世界中から詐欺師たちが“伝説の島”ランカウイ島に大集合!そして、ダー子(長澤まさみ)、ボクちゃん(東出昌大)、リチャード(小日向文世)の3人も、フウ家に入り込み、華麗に超絶大胆にコンゲームを仕掛け始める…はずが、百戦錬磨のコンフィデンスマン・ダー子たちに訪れる最大の危機!誰がフウ家の当主の座を射止めるのか!?世界を巻き込む史上最大の騙し合いが始まる!! 」

 「我こそはミシェルと世界中から詐欺師たちが“伝説の島”ランカウイ島に大集合」てのは表現としては不正確で、実際はシンガポールのフウ家に偽ミシェルたちが次々と来る→全員見破られて敗退→コンフィデンスマン・チームが自分たちのミシェルを連れて乗り込む→本物認定されてランカウイ島(マレーシア)で当主就任式&お披露目会、という流れなので、ランカウイ島に何故詐欺師大集合なのか、とよく考えると理由ははっきりしない。ついでに言うとシンガポール部分とランカウイ部分はストーリー上では明確に分かれているのにも関わらず、映像としては初見だとどっちがどっちなのかいまいち判らない感じだったのがちょっと上手くないと思いました。

 詐欺師が3人で乗り込まれる側も3姉弟というのにあんまり意味はないんだとは思いますが、ただ終わりまで観ると詐欺師が送り込む偽の「相続人の少女」と、受けて立つ執事をそれぞれに加えた4対4のゲーム、とは言えるのかも知れない。主役の長澤まさみは名前は前から知ってたけど初めて観る人(彼女の膨大なフィルモグラフィーを確認しましたがやっぱり初めて、かつ自分の中では綾瀬はるかと混線していた事も判明)なのでしたが一本の映画の中ですら顔の印象が一定しないので声で個体判別をするしかなく難儀しました。その長澤ダー子に拾われ「御曹司少女ミシェル・フウ」に仕立て上げられたコックリ(関水渚)は何だかやたら広瀬すずに似た打ち出しなのですが、彼女のほうがまだ印象が一貫する。次に「東出昌大はやっぱりおもしろいなあ!」で以下はだいたい略します。あ、いかにも人気ドラマの映画化に相応しく「豪華ゲスト」が散りばめられているのですがこれまた映画で観るのが初めてだった故三浦春馬も出ており、特に彼に向いているとも思えない、世界を股にかけるプレイボーイ役だったので、この真面目そうな人には何かミスキャストだったんじゃないかなと思いました。

 『コンフィデンスマンJP プリンセス編』、言ってみればオーシャンズシリーズの日本版みたいな感じなのでストーリーお手盛り上等、最後に畳み掛けるような種明かしも王道。ただ根底のテーマはとてもアクチュアルなもので、世界中でグロテスクなまでに開いていく格差を狭めるために必要な事とは何か?――それは子供への教育機会の提供であり、それを実現させるための予算である――ということなのですが、もちろん「貧しくとも優秀な人間が高等教育を受けて成長し、人の上に立つ(めでたしめでたし)」というネオリベなナラティヴと表裏一体ではあります。が、まあその辺りから手を付けるのが現実的と言うもんではありましょう。

【蛇足】
 拾い物だったのは白濱亜嵐が演じたフウ家の次男坊、アンドリューの設定がオープンリー・ゲイになっていた事。よくある大金持ちの家に生まれた放蕩息子キャラではあるのですが、そこに「アジアの」という要素を加えた時に非常に有効な(とりわけ舞台がシンガポールなのであれば)スパイスになる。周囲に同性愛者であることを隠したりはしないけれど、かと言って胸を張ってゲイでも居られなくてグレまくるバカ息子、というのは2020年に発表されるアジアの娯楽大作に相応しいリアリティでした。この点だけでもゲイがこっそりヒロインの味方をする他に出来ることはなかった2018年の『クレイジー・リッチ!』への借りは返していると思います。あと白濱亜嵐と言う人を自分はよく知らなくて(ブレイディみかこさんが出てた今年3月のテレビ番組『世界一受けたい授業』に出てなかったっけ、くらいの認識でした)調べたらエグザイルの人なのか、ある意味(石原軍団の跡を継ぎ)「現代日本のホモソーシャルの粋」みたいなところに所属している若手スターがこんなにもあっさりと「ゲイ役」にキャスティングされていたのが自分にとってちょっと希望の光でした。

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【蛇足の補足】※物語の結末に少し触れます。
 話の終盤部分で、大富豪家に生まれてしまったため人格が歪んでしまっていた3姉弟はみな改心し(その原因がコックリの純真さに触れた事とコンフィデンスマン・チームが偽造した「父の手紙」の内容により、というイージーさではあるがそれはひとまず置く)、それぞれ本来の善良な自分を取り戻すのですが、アンドリューに関しては彼氏と人前で(カップルとして)ダンスするようになる程度の変化でした。この彼氏役はとても扱いが軽く、役名も演じた俳優名の情報も見当たらなくて雑な日本語で言うところの「国籍不詳のイケメン外人欧米系」とでも形容するしかない設定で、この最後のダンスシーン以外では取り立ててカップルとしてフォーカスされるシーンもなく終わるのですが、要するにアンドリューの「悪徳」はパリピのすごいやつみたいな自堕落な生活部分のことで決して同性愛者だからではない、という正しい扱いがなされていました。要は疑似王族みたいな境遇に生まれたせいでなかなか素直にゲイとして自分を認められなかった彼がそれを改め愛に生きるようになった、という事であって、例えば李相日監督の『怒り(2016)』で妻夫木聡と綾野剛がゲイを演じたパートの呑み込めなさ(なんであんなにも同性愛者が可哀想な存在にされてしまうのか?)よりも、娯楽超大作に仕込まれたアーパーで雑な「ゲイ」の描き方のほうを自分は買います。使い方を間違わなければそれは正解なので。2020.0902

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