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"Come out to show them"

 記録していたわけではないので逆算して推測するほかないのですが恐らく1995年後半〜1996年前半のこと。当時の自分は神奈川県厚木市に校舎があった大学に通っていて、大学に求人が来ていた短期のアルバイトを断続的にやっておりました。そのうちの一つがリーバイストラウスジャパン平塚流通センターという、Levi'sの商品を集積して日本各地の店舗からの注文に応じて仕分けして出荷するところに短期間行っていたことがありました(今でもあるのかなあ、調べてもよく判らない)。平塚と言っても厚木市と平塚市の境界ギリギリな場所だったので恐らく愛甲石田駅辺りから出てる送迎バスで通っていたんではないかと思う。今でもここでのバイトした時の事を時々思い出すのは、ここで自分が初めて「ゲイであることを他の誰かに言う」という経験をしたからで、その頃には無かった表現で言うところの「ブラック職場」だったわけでもなく、車椅子の人もごく自然に働いていたりとか、むしろ大変いろいろ先進的な感じでありました。ああの頃の大学生バイトというものはまだまだ牧歌的だったなあ…とすら思うのですが要点はそこではありません。初めて出勤したときに案内してくれた男性が「君はジーンズ好き?」といきなり聞いてきたので面喰らった自分は0.5秒くらいの間に様々な打算が胸を去来したのち「ハアまあ普通に(何せ世界のリーヴァイスだしココ)」などと曖昧に答えてお茶を濁そうとしたのでしたがその人からは「そう、僕はちょっと苦手でね」と自分の予想ビヨンドを越す返しが来たので(そういやチノパンを履いてるなこの人…)と思いつつこの職場は風通しがいいかもしれん、と思ったのでしたが今回の文章の要点はそこでもない。

 仕事の内容、はと言えば巨大な集積場でバカでかいダンボールに入ったジーパンその他が流れてくるラインから必要なものを選り分けて仕分ける、という体力と(最低限)文字が読めれば出来るような単純なものでした。当時の自分は20代前半で視力もそこそこ良かった事もあり、仕事自体は単調ながらラクなもんで毎回粛々と服を仕分けていたのでしたがある日、自分が居た現場を仕切るリーダー格の若いおにいさんが何故だか自分をしげしげと観た後で唐突に「なんか君、ゲイっぽいよね」と言ったので自分はああついに来たかこういう日がね、と妙な納得を覚えつつ「ええと、『っぽい』じゃなくてそうなんです(ハハハ)」とすんなり言えたのはおそらく彼の選んだ表現が「ホモっぽい」ではなくて「ゲイっぽい」だったからだよなあ、と今にして思えば理解できるのですがその瞬間はそれなりに頭が真っ白になっていたはずです。ともあれこれが自分にとっての「初カムアウト」である、などということは知ったこっちゃない彼はやっぱりな、みたいにちょっと得意げな顔をしてから「俺さ、カノジョとタイに行った時に乗った飛行機にオカマさんがいっぱい乗っててさあ」みたいな話を展開しながらそれはそれで終わり、片や自分はこれまた勝手に何とも言い難い解放感に包まれていたのでした。

 そこでのアルバイト契約は数ヶ月も無かったはずで、自分も部活やらなんやらの関係で長く勤めることもなく円満に退職したのでしたが辞めるまでの間、例のリーダーおにいさんは一度(自分がバテてへっぴり腰になっているタイミングで)「おいこらケツ出して『カモーン』とかやってんじゃねえ」とポリティカル・インコレクトネスなジョークで自分を叱咤した以外は「ゲイの大学生バイト」を他のスタッフの前でイジるような蛮行などせず、つうかバイトとしての自分をけっこう評価してくれていたらしくて契約終了で今日で終わりです、と挨拶しに行ったら「気に入っちゃったから、延長して働いてくれないかな?」などとお世辞を言ってくれる程度ではありました。と思い返してみると自分の「初カムアウト」は自分の予定通りの何かでは全く無かったとは言え、かなりラッキーな部類に属するのではないかと思う。リーヴァイスの倉庫、という謂ってみれば巨大な「クローゼット」の中でカムアウトオヴザクローゼットをする羽目になった自分は。

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