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20.5回目の入院

大阪府心の健康総合センターに通院しながらも飲酒行動は続いていた。断酒はしていない。しかし、当初は、親に車の免許を取ってくれと頼まれたこともあってドライビングスクールに通って実地教習を受けていたし、そこへの行き帰りや通院も暑い夏の季節にも関わらず自転車で通っていたこともあって、生活に支障をきたす飲み方はしていなかった。
また、免許を取った後は、以前働いていた会社の社長に誘われて岩手や熊本、東京の測量の仕事の手伝いもやっていた。岩手では基準点のGPS測量、熊本と東京は水準測量だ。GPS測量では主に荷揚げ、水準測量では標尺持ちが主な仕事だった。現場で実際に測量作業を行う下端の社員たちには知らされていなかったが、管理している部長は私がアルコール依存症であることは知っている。だから宿舎では飲酒できない。もしかしたら、そうした無理が祟ったのだろうか、測量をしていたときに飲めなかった分、大阪に帰ってきてからは酒量が一気に増えた。そして問題飲酒になって行く。
最初に問題になったのはビールの空き缶である。私が住んでいるマンションのエントランスには清涼飲料水の自動販売機が2台置いてある。それを管理しているのはマンション1階のオーナーが経営している会社である。私は近所の酒屋の自動販売機で買ってきて飲んだビールの空き缶をそのエントランスに置いてある自動販売機のゴミ箱に捨てていた。おそらくマンションのエントランスに置いてある自動販売機の会社からオーナーの会社に、その自動販売機で買ったものではないビールの空き缶が大量に捨ててあるのがクレームにつながったのだろう。
マンションのオーナーはその犯人が私だということは気が付いていたらしい。私が捨ててある空き缶と同じ銘柄のビールを3本ほど買ってエントランスに入って行こうとした時、オーナーに注意された。
「こんなところにビールの空き缶捨ててる奴がおるんや!」
その忠告が耳に入らなかったわけではない。私は何も言い返す言葉がなく、ジロリと睨めつけているオーナーの横を無言で通り過ぎた。いつの間にかワインの瓶まで混じっている。
「これからはあそこに捨てるのは止めよう」
それ以降はもう四六時中ブラックアウトの状態だった。ただただアルコールと睡眠薬を飲む機械と化していた。マンションのオーナーが社長をしている会社の社員たちには私が道路で酔って寝転がってもなおワインを飲んでいる姿を見られている。自宅の鍵がどれなのか分からなくなって倒れてしまい、その社員たちに担がれて自宅まで運んでもらったこともある。気が付いたら玄関で寝ていた。その記憶ですら薄らとしか覚えていない。
残された道は、またもや精神病院への入院である。何かあったら連絡するようにと渡されていた岸和田の久米田病院の電話番号へ電話し、偶々当直で残っていた大阪府心の健康総合センターの主治医に事情を話して入院させてもらえるように助けを求めた。
入院の前にしなければならないことは、大量に溜まった睡眠薬の処理である。1シート1500円で買ったハルシオン20シートを始め、あらゆる睡眠薬と精神安定剤が鞄の中に詰まっていた。中でも真っ赤なパッケージの通称「赤玉」のエリミンは貴重だった。ほとんど闇市場には出回らないし、あっても1シート3500円である。一般名はニメタゼパム。ベンゾジアゼピン系の催眠鎮静剤,抗不安剤で不安や緊張をほぐし、睡眠を促す。不正使用されることも多く、横流しされたニメタゼパムの押収は、日本にほとんど集中しており薬物乱用の主流となっている。これらはたいてい不眠症の薬として合法的に輸出されているのだが、日本の組織犯罪シンジケートはニメタゼパムの流通をコントロールしており、少なかれフルトプラゼパム・テマゼパム・ミダゾラム・トリアゾラムにも関与している。東アジアと東南アジアでは、ベンゾジアゼピン系の中で最も厳しく流通規制が設定され、最も需要が高い。その「赤玉」が10シートはあったと思う。トータルで10万円近い向精神薬を持っていたことになる。
なぜ飲み切れないほど薬を買ったのか?それは安心のためである。薬物依存症者は薬がないと不安になる。その不安を打ち消すために薬を買うのである。私の場合は使用するかしないかは別問題だった。持っていれば安心する。しかし、その安心も長続きしない。もっと、もっとと欲しくなるのだ。満足感を得ようとすると切りがない。私の入院中に両親が部屋の中を片付けているときにその鞄が見つかっては一大事だ。ちょうど近所に住んでいて連絡を取り合っていた元彼女に来てもらい。どこかに捨ててもらった。
翌朝の8時頃だっただろうか、両親が迎えに来て車で岸和田の久米田病院へ向かった。診察の予約は10時にしてあったのだが、長引いて昼前にようやく診察を受けることができた。そして即日の入院が決まると、病棟から屈強な男の看護師が2人来て、私を病棟の保護室へと誘導した。コンクリート造りの殺風景な個室で、トイレが付いていた。外から鍵がかけられて自由に部屋の外には出られない独房だった。

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