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14.現代音楽論と20世紀音楽

歴史学と日本文化史同様、1~2年生の時に楽しかった講義は、秋山邦晴先生の現代音楽論(1年の時)と20世紀音楽(2年の時)である。秋山邦晴先生は、音楽研究家としては、エリック・サティの研究で知られ、『エリック・サティ・ピアノ全集』の監修・解説・訳詩を行なっていて、日本の映画音楽の研究でも、先駆的な調査・資料収集を行なっており、1986年には、未来派のルイージ・ルッソロが『雑音芸術未来派宣言』で機械の氾濫する都市に生きる人間の感覚に近づくため、雑音による芸術によって音楽の概念を広げようと提案・発明したが第二次世界大戦により失われていた騒音楽器イントナルモーリの復元を行った。1986 年に再現された8 台のイントナルモーリは、多摩美術大学芸術学科に保管されているほか、当時、インダストリアル・ミュージックにはまっていた私の愛読書であった「銀星倶楽部 ノイズ」の中で、ノイズミュージックの元祖として、秋山邦晴先生によって紹介されている。また、同じペヨトル工房の本の「夜想」にも、1984年には、「または音楽をもったもうひとつのシュルレアリスム」や、「ヌーベルヴァーグの映画音楽」という文章を寄せており、私の趣味・嗜好とマッチしていた先生の一人である。また、奥さんのピアニストの高橋アキの実兄の高橋悠治の「サティ・ピアノ作品集―1」は、私が唯一持っているエリック・サティのCDである。
秋山先生の講義で、テリー・ライリー、ラ・モンテ・ヤング、スティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラス等の様々なミニマル・ミュージックを聴くとともに、60年代のサイケデリック・カルチャーの講義を受け、ハウスミュージックとの関連付を考えさせられたり、ジョン・ケージの沈黙とは無音ではなくて「意図しない音が起きている状態」であり、楽音と非楽音には違いがないという主張が表れている「4分33秒」を聴くというか、体験させられたり、「調和論」の授業を行ったゲルトルート・グルノウやヨハネス・イッテンの、まだ表現主義的だったワイマール・バウハウスの音楽を知ることになったり、美空ひばりが亡くなった時は、「美空ひばり追悼授業」と題して、秋山先生が演歌のルーツと考えた「珍島アリラン」を聴いたりした。
なかでも、一番思い出に残っているのは、2年生の時の20世紀音楽のレポートのテーマとして参加することになったロックのイベント。ひとつは遠藤ミチロウのトークライブと、もう一つは、高校・浪人時代に愛読していた音楽雑誌「FOOL'S MATE」の初代編集長の北村昌士のトークライブと、彼が結成したYBO2のライブである。どっちか選べと言われ、遠藤ミチロウも捨てがたかったが、私は後者を選んだ。
「FOOL'S MATE」はもともとはチェスの用語で、白黒双方が協力して最短でチェックメイトに至る手のことであるが、誌名は直接的には、ピーター・ハミルのファースト・ソロ・アルバムのタイトルから採られている。そもそも雑誌のスタートは、ハミルが率いるバンド、ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーターのファンジンであり、ブリティッシュ・プログレッシブ・ロックの専門誌として創刊された。やがて、クラウトロック、ニュー・ウェイヴといった当時の先端的な音楽を記事の中心とし、ウィリアム・バロウズなどのサブカルチャーまでを取り扱うようになり、北村以外には、北村の後に編集長となった羽積秀明、瀧見憲司らが編集に携わり、メルツバウの秋田昌美らも記事を執筆していた雑誌である。私が購読し始めたのは、1985年ころからだが、バックナンバーを見ると、ブリティッシュ・プログレッシブ・ロックの専門誌だけに、キング・クリムゾンはもちろんのこと、ヘンリー・カウやスラップ・ハッピー、アート・ベアーズなど、フレッド・フリスやクリス・カトラー周辺のアーティストの特集がよく組まれていたように思う。また、スロッビング・グリッスルやキャバレー・ヴォルテールなどのインダストリアルのミュージシャンも紹介されていた。私がよく読んでいたのは、ポストパンクや、日本ではインディーズの勃興期で、「FOOL'S MATE」を通じて、音楽的な影響をもろに受けて勉強どころではなかったし、日本のインディーズ情報では、サブカルチャーの代名詞的な雑誌「月刊宝島」と双璧をなしていた。
結成当初は「イボイボ」と読まれていたが、後にバンド自身の意向で「ワイビーオーツー」に統一されたYBO2は、変拍子等を多用した複雑な構成の楽曲と、不安を掻き立てるようなヒステリックなボーカルは、ディス・ヒートらに通じる音楽性を感じさせ、興隆しつつあった日本のインディーズシーンを代表する存在と目されたバンドで、北村自らが主宰するインディーズ・レーベルであるトランス・レコードからリリースされ、トランス・レコード所属のバンドのおっかけをする「トランスギャル」と呼ばれるファンが存在するほどの人気を博した。

20世紀音楽のレポートでは、具体的に何を書いたのか忘れてしまったが、私が「FOOL'S MATE」を愛読したり、「FOOL'S MATE」で紹介されていた音楽を追っかけていた80年代の、メジャーやメインストリームとは違う、マイナーやオルタナティヴな音楽が人気があった時代の空気感みたいなことを書いたように思う。

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