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国境廃止<第一章> 第一話 「わるものの涙」

最近、ふと思うことがある。
私は、どう思われているんだろうか。
私には友達がいる。仲良くやっているつもりだ。そう。「つもり」に過ぎない。
当たり前のこと。他人の考えていることはわからない。自分がどう思われてるかなんて、わかる人はいないだろう。
佐藤恵。彼女とは親友と呼べるくらいに仲がいいと、私は思っている。でも、彼女が私のことをどう思ってるかはわからない。私のことを嫌っているかもしれない。
そんな行き場のない不安が、頭の中でぐるぐる回っている。
他人のことがわからない。そんな当たり前のことで、こんなに悩んでいる自分がいる。
私は自分が心底嫌いだ。

私は人と関わるのが嫌いになった。


ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ。
無機質な目覚まし時計の音によって、私の朝が始まる。
目覚ましを止め、ベッドから起きる。その後スマホを見て、通知チェック。それを終えると着替えて一階に降りる。顔を洗い、歯を磨く。機械的にこなしていく。
「おはよう、国子」
「おはよう」
食卓に出されたトーストを口に運ぶ。機械的に。
「国子、あなたいっつも顔色悪いわね」
「そんなのいつもの事でしょ。気にしないで」
お母さんのため息。
テレビから流れてくるニュースは、また悲劇を運んできた。
『「B-37地点」では、紛争により、多くの人々が犠牲となり---』
「いつまでたっても、戦争は終わらないものなのねぇ…。こんな事じゃ、国境がなくなった意味もないじゃない」
お母さんがため息をつきながら、食器を洗う。
こんなニュース、いつもの事だ。

10年前、世界を揺るがす大戦が起こった。原因はわからない。私たちには何も知らぬまま、それは起こった。
見たこのないくらいの量の飛行機から、黒い塊が落とされる。塊は地面に落ちてすぐに爆発した。建物がぐちゃぐちゃに潰れ、人々の悲鳴が響き渡る。
私はその時6歳だった。恐怖を紛らわすように、お母さんに抱きしめられながら、ただ泣くことしかできなかった。
黒い煙。信号機は折れて、道路に横たわっている。血の匂いが充満する中、私は、何もわからず泣き叫んでいた。
私には「父」がいない。お母さんに聞く限りでは、この戦争で、亡くなってしまったらしい。
父との思い出はあまりなかった。いや、無いに等しかった。
悲しみは湧いてこなかった。

この出来事---第三次世界大戦を受け、日本政府は国境をなくすことを呼びかけた。「国境をなくすことで、人種という概念をなくし、戦争を無くすこと」が理由らしい。第三次世界大戦には、人種の問題が関わっていたのだろうか。今となっては何もわからない。
国境がなくなった世界では、「国」という概念もなくなり、代わりに「地点」という概念が生まれた。簡単な話。もともと「国」だった場所を、「地点」に置き換えただけだ。
私たちの住む「元」日本は、「J地点」という風に置き換えられた。地点はさらに細かく分かれ、---日本だと都道府県をもとに47個に分けられた---「J-26」のように数値化された。
私のいる「元」東京は、「J-17地点」という風に置き換えられた。

「B-37」…どこらへんだろうか。まあ私には関係ない。私は朝食を食べ終え、玄関に向かう。学校の制カバンが置いてある。
「国子…食器くらい片づけなさいよ」
「時間ないの。行ってきます」
「…気をつけてね」
通学路を歩いていると、恵に会った。
「あ、国子おはよ〜」
「おはよう、恵」
こんなに暗い顔で、ちゃんと笑えただろうか。笑えてなかったらどう思われていただろうか。感じ悪いって思われただろうか。
…だめだだめだ。こんなこと考えちゃ。
人と関わるのは嫌いだ。だからといって、恵や他のみんなとの関係を壊したいわけではない。関係は大事にしていきたい。
…そんなこと言って、本音を隠しているんじゃないか?本当はいじめられたりするのが面倒なだけで、得意な「機械的に」付き合うってことをやっているだけじゃないか?
…だめだ。またこんなこと考えてる。
「どうかした?顔色悪いよ」
「あ、ああごめん、気にしないで」
「ふ〜ん。それならいいんだけど」

私は多分、自分だけが大切なんだろうな。

「は〜い、お前ら、席すわれ〜。授業やるぞ〜」
学校に着いたら、基本は自分の席でいる。話しかけられた時にしか受けごたえはするつもりは無い。…人と関わるのが嫌だから。
ああ、もう。なんでこんなことばっかり考えているんだろう。
頭を冷やしたくて、ぼーっと窓の外を向いていると、飛行機が綺麗な弧を描いて飛んでいた。
私もあの空を飛んでみたい。こんな自意識過剰な自分を忘れられるくらいに、空を飛んでやりたい。

昼休み。私は基本恵と一緒に弁当を食べる。
何を話すでもなく、黙々と二人で食べる。
喋るといえば、たまに恵が口を開いて、何か独り言を言うくらい。

「飛行機」がやってきたのは、そんな昼休みだった。

今日は窓の外を見ながら弁当を食べていた。窓の外を見ていると、何もかも忘れられる気がする。大嫌いな自分のこと。空を飛びたいなんていう願いも。
「あれ、なんか飛んでる…」
その言葉は、はじめは恵の独り言だと思っていた。
すると、恵がさあっと顔を青ざめ、
「ねえ国子…あれ…」
と窓の外を指さした。

窓の外では、爆発が起こっていた。

「何…あれ…」
上空に「飛行機」が飛んでいる。そこから落ちる黒い塊。まさか…!

ドォン!!

体育館の方から爆音が聞こえた。
「おい!みんな、体育館が爆発してるぞ!!」
それでようやく分かった。
「戦争」が始まったんだ。

ドォン!!

2度目の爆音がしたのは…真上からだった。

バキバキバキバキ!!

床が外れ、教室が壊れていく。
「ぎゃああああああ!!」
「うわああああああ!!」
私は途方に暮れた。10年前と全く同じ光景。脳裏に刻み込まれた、あの地獄絵図…
「お母さんっ!!」
気づけば走っていた。家に向かって。
(なんで!?なんで今日、よりによってここで起こるのよ…!!)
怖い。死にたくない。
家に着くまでの道が、途方もなく長く感じた。
ようやく着いた家は……いや、家だった場所は、めちゃくちゃになった木が積まれているだけだった。
「お母さんっ!!」
血まみれになったお母さんは木の下敷きになっていた。
私はお母さんを引っ張り出そうとする。
「お母さん!大丈夫!?」
「国…子…」
私はお母さんの上に乗った木をどかそうとするが、なかなか木が抜けない。
「国子…お母さんね、あなたに言わなきゃならないことがあるの」
「喋らなくていいから…!」
なんなのこのテンプレ展開?!なんで私がこんな目に…
「あなたのお父さん…死んだ、って、行ったじゃない?」
「知ってるよ!戦争で死んだんでしょ!?それより喋らないでよ…」
あなたのお父さん、生きてるの
ぴくり、と手が止まった。
「どういう…事…?」
「これ…」
お母さんは震える手を私に差し出した。まるで、最後の力を使い切るように。
お母さんが差し出した手の中には、メモがあった。
「何…これ…」

『国子へ
  お父さんはα地点にいる。
  何かあったらここに来なさい。
  お父さんならなんでもできるからな。
                お父さんより』

「『α地点』…?」
「国子…お母さんはもう、生きられないの」
ゴフッと血を吐いたお母さんは、とても弱々しく見えた。
「ねえ…そんなこと言わないでよ…」
「お父さんなら…なんでも解決してくれるから……」
「お母さん!!」
神様は意地悪だ。なんで今、この木をどかしてくれないのよ。
「国子、『α地点』に行きなさい。そこに行けば、あなたは------」
そう言ったきり、お母さんは動かなくなった。
お母さん!!!
お母さんは、氷のように冷たかった。
お母さんっっっ!!!!
私は泣き叫んだ。私はわるものだ。お母さんを救えなかった。何も出来なかった。
神様の声が聞こえる気がする。「わるもののくせに涙を流すな」と。

荒廃した世界で、私は涙を流した。

神様は意地悪だ。私がわるものだから?
神様は、お母さんだけでなく……

ドン!

胸のあたりが熱い。どろっとしたものが胸から流れる。血だ。私の…

私まで、この世界から奪っていくの…?

--私の意識はそこで途切れた。


To be continued…

参考↓
漫画
「約束のネバーランド」集英社 白井カイウ 出水ぽすか
「セキセイインコ」講談社 和久井健
小説
「さよならの言い方なんて知らない。」新潮社 河野裕
この小説は、以上の作品から影響を受けています。

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