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2020年の記憶

現在2021年1月1日の午前8時くらい。おはようございます。
このnoteを書き始めたときは2020年のうちにポストするっぞって思っていたけれども、あっという間に年越ししてしまった。

2020年は人類を試されたような1年だったと思う。iCloudに残っている写真や過去ツイートを見ながら、覚えている限りで記憶を書き記しておこうと思う。2020年が何らかの分岐点になる気がするから。今後、なんともないかもしれないけど、それはそれということで。
プライベートのこととお仕事のことを、書いていく。

2020年1月

コロナなんてまだ対岸の火事だったこの頃、年末年始はきちんと実家に帰っていたのに今年は初めて東京で年越し。実家の掃除をしなくて良いの超ラクだーって思っていたけど、帰っておけばよかったと若干後悔している。
2019年の7月以来、ずっと墓参りに行けていないのが申し訳ない。次の夏には帰りたい。

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待ち人は来なかった

会社ではちょいちょい集まってゲームやボドゲをやって直接会って遊べたのがとても楽しかった。今思うと贅沢だった。マリカーおもしろかったな。

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街コロまたやりたい

きちんとインプットもしていた。マル秘展は制作の過程の一部を覗けてとてもよかった。コレ以降展示会に全く行けてない。また行きたい。

2020年2月

縁があって吉祥寺の肉山に連れて行ってもらえた。本当にラッキーだった。次の予約をしてあるけどコロナで営業できなくならないか心配。推しのお店はできる限り利用させてもらおうと思う。

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段々とコロナに対しての話題が多くなってきた。会社のチームメンバーにPlague Inc.というゲームアプリを教えてもらって結構遊んでいた。攻略のコツを知るまで全然クリアできなかった。ただ攻略に熱心になって時間をとかしていた感じで、まだ危機感はなかった。コロナが同じ世界の出来事だと思えていなかった。ゲーム内の”病気”と一緒だったのだと思う。

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「芸能ニュースが人類を破滅」とか今だと全然あり得ると思う

2020年3月

このタイミングで同期が会社を辞めた。「こんなこと(コロナ)になっているとは思ってなかった」と云いつつも見送る会は無理やり実施できてよかった。その後にもオンライン飲み会して元気そうで何よりだ。

他社が完全リモートになって日本でもコロナの蔓延への恐怖が現実味を帯びてきた。自分の会社もリモートワーク制限がなくなった。
そんな中、業務委託さんだけは会社都合でリモートワークができず、社内の人口が減っている中しんどい思いさせて出社してもらっていた。自分は輪番で出社。
下旬には緊急事態宣言が出て近所のスーパーから食料が消えた。ドラマで見たこの世の終わりの一部みたいでもう二度と体験したくない。

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カップ麺があったはずの棚

2020年4月

引き続き輪番で勤務。
社内食堂のテーブルが片側のみ・2席空けでしか座れないようになる。
そして2週間目か3週間目くらいでとうとう在宅勤務が可能な人はオフィスへの出社禁止に。今まで頑張ってオフィスに出社してくれていた業務委託さんはリモート勤務環境がないので働いてもらえなくなってしまった。(5月の連休明けからリモート環境が整った。)

週末に在宅勤務の環境を整えるため、LANケーブルを新宿に仕入れに行ったものの店が時短営業していたり、人が全然出歩いていなくてびっくりした。実は我々に必要な行動意識はこのときにとった行動(家からなるべくでないなど)なんですよね。

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4月4日(土)の新宿西口

会社での業務は飲食予約系のウェブサービスをやっており、この時期から自分が世の飲食店業界に役立てることはなにかを常に意識していた。
テイクアウトを実施している店舗をアピールできるようにしたのはこの時期。結果として全然使われなかったのだけど、サービスに携わっているメンバーの意識は僕と同じように変わってきたと思う。

2020年5月

星野源のおうちで踊ろうが出たように、世間は外出するだけで悪者みたいな風潮が出てきた。公園の遊具も感染源になってしまうからなのか、立入禁止のテープが貼られる事態に。今はどうなっているんだろうか。

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飲食業界だけではなく音楽・ライブ業界も悲鳴を上げている中、秋葉原MOGRAがオンラインでDJ配信を主催していたMusic Unityが楽しかった。この配信を通して知ったトラックメイカーが増えて思わぬ良い機会をもらえた。
配信の画の工夫が随所に見られてクリエイター視点でも勉強になった。トマソンスタジオでのin the blue shirtのプレイは表情も豊かで観ているだけで幸せになれた今年イチのDJ配信だったと思う。

2020年6月

ずっとDJ配信を観ていると自分もDJ的なことをやってみたくなり、PioneerのDDJ-400を買ってしまった。未だ数回しかプレイしていないけども、一度始めてしまうとあっという間に時間が過ぎ去ってしまうくらい楽しい。よい買い物ができた。今後はできればスクールに通ったりしてスキルアップしたい。自分は音を作るスキルは持ち合わせていないので、他人様の音ネタをひたすら集るところなどのセンスもつけていきたい。

渋谷のきになるきには6月にはじめてお邪魔しました。出てくるメニューのなにもかもが美味しく、まさかこれほどまでにリピートすることになるとは。日本酒が呑めるようになったのもこのお店のおかげです。いつも会を主催してくださるぺろりさん、マジでありがとうございます。

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奥に見えている茶碗と比較するとバグったような大きさの漬け丼

2020年7月

健康診断。毎年、芝にある同じクリニックに行って、近くのホテルブッフェを食べて午後半休するルーティンが今年は叶わなかった。
ホテル業界はおそらく未だにブッフェスタイルの食事提供ができていないかと思う。あれは庶民のドリームなので早く再開してもらえることを切に願っている。

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唯一営業していたとんかつ屋、健康診断後にはヘヴィーだった

そして、その健康診断結果がD2判定で結構ショックを受けた。

D2:要精検
異常所見を認めます。専門医の診察や精密検査のため医療機関を受診して下さい。
https://www.keijinkai.com/maruyama/diagnosis/viewpoint/

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再検査ではじめて内視鏡検査をした。最初の麻酔でえづいてしまい、カメラを通している間はひたすら介抱されていてこの時間は本当に辛かった。
検査結果はその場でスグに出て、異常は全く無く「とても綺麗な胃ですね」と言われた。あのバリウム検査の結果はなんだったんだ。おみやげにプリクラみたいな自分の胃の写真を渡されて、未だに扱いに困っている。

2020年8月

半沢直樹にすごくハマっていた。会社のチームメンバーのひとりと一緒に盛り上がっていて、1週間のモチベが毎週日曜日の21時だった。仕事のありとあらゆる話が半沢ワードに置き換えられて面白かった。
あれくらい全力投球な歌舞伎ドラマを欲していたんだ。

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行動力ランクXの男

月末にはyahyelのライブに ”メンバーとして” 参加した。メンバーだから "無観客ライブ" 。

今まで体験したことのない、とても異質な時間だった。
盛り上がっているにも関わらず、誰も前に詰めてこない。でもしっかりとジェスチャーでコミュニケーションをとる。
そして、配信にはないまさに”ライブ”の良さをこの時に痛感した。音響の良さはもちろん、メンバー(観客のこと)の層を見れることだったり、現地まで赴くワクワク感、終わったあとに歩きながらジワっと「最高や」と噛みしめられるあの感じ。こういった機会が潰えてしまうことのないように、自分は少しでもサポートしていきたいと思った。

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事前に誓約書などが郵送される徹底ぶり

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オールスタンディングだけども立ち位置は早い者順

2020年9月

やっとリリースできた、Go To Eatキャンペーン。
初夏から代理店絡みのニュースがあったり、経産省から農水省に国側の担当が変わったりして、遅れに遅れまくった。
弊サービスは他社と比べると圧倒的に知名度が低いので、SEOにとにかく力をいれた。先手でティザーを公開しようと思っていた矢先に、他サイトに先を越されるなどもあったけど、割と良い結果が残せたと思う。
このキャンペーンは予約サイトが特をする〜などとよく言われているけども、各社とも相当の労力を使っていると思う。予約サイト無しで実現出来たかというと恐らくそれは無理で、その時にできることをやれたと自分は思う。

リリース後にも情勢は刻一刻と変わるため、ここからは常に対応と改善をひたすら繰り返していた。また、「予算がなくなったらおしまい」というキャンペーンだったので、まぁまぁ気を張っている必要があり、結構疲れた。企画を担当してくれていたメンバーは、とくに良い動きをしていてくれた。本当に感謝している。

2020年10月

SplathonのLadder中にことまさんにオススメされていたGhost of Tsushimaをずっとプレイしていた。
ストーリーに関してはネタバレしたくないので、みんなやってくれと言っておく。サブキャラのストーリーのうちいくつかが結構クるものがあったので、メインストーリー以外もやり込んでほしい。
あと、フォトモードが楽しかった。1ヶ月間ずっと撮影していた。狐がかわいい。

2020年11月

まさかのGo To Eatキャンペーンが終了。予定は2021年3月末までだった。稼働時間1.5ヶ月。
キャンペーン予算終了間際に「もうすぐ終了するよ」ってアナウンスさせられたのは愚策中の愚策。誰も得しないのにな。
あまりにも短期間すぎて飲食店業界のサポートが出来たのだろうか。(いやできてない。)今後の弊サービス(主にto B)をしっかりしていかないとなぁと思った。

半年近くの間、右腕・手がしびれることが多かったためはじめて整形外科に行った。診断結果は「神経痛」。軽度の頸椎椎間板ヘルニアだった。
今はすごく地味な治療と処方された薬のおかげで楽になっている。完治は難しそうだからうまく付き合っていかないといけない。今まで口では「若くない」とか言っていたけど、全然理解していなかった。本当にもう若くない。ジジイだということを痛感した。

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治療中のぼく

そして、10月末にリリースされたスマホのOCTOPATH TRAVELER 大陸の覇者にドハマり。(継続中。)
今までスマホゲーム課金って数百円しか使ったことなかったけど、当社比でまぁまぁの額を使ってしまった。後悔してない。コンソール機向けのゲームって本当に安いんだな。

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マーヴェラス!!

29日には推しのパソコン音楽クラブのライブに。
彼らも感染症対策は相当気を遣っていた。生で聴けたのは2019年12月以来なのでこの1年の間にリリースされた曲をプレイしてくれてとても楽しかった。
ポケモンしりとりやTHERAPYのRemixは会場がとても一体感があった。
はやく揉みくちゃなライブも演ってもらえる世界になってほしい。

2020年12月

コロナの雲行きがとても怪しくなり、東京では飲食店の営業時間短縮要請が出た。22時くらいまで。相当大変だと思う。
出歩くことに後ろめたい気持ちはありつつ、よく行くの飲食店のオーナーとの会話を思い出して、食べに行かないと潰れてしまうという焦りがぶつかり合って、結局週に1回ほど繁華街に食べに出た。

仕事のほうは先の見えにくいことが多く、ちょっとしんどくなってきた。
もともとチームマネジメントのお仕事は志望していなかった中で2年ほど自分なりに頑張ってやってきた。でも、こうも先が見えにくいと自分もどうすればよいのかよくわからない。一旦、マネジメントから離れて開発寄りなお仕事だけを集中してやりたかったりする。今は二刀流でキャパオーバー。インプット量が減ってしまっているのは危機感を持っている。
もっと気軽に楽しくおしごとしたい。

2020年総括

お仕事はコロナに振り回された一年、プライベートは仲良くしてくれた人が居てくれて本当に救われた。TwitterやDiscordで絡んでもらえなかったら本当に孤独でおかしくなっていたと思う。特にSplathonのみなさんとは大王戦やLadderで楽しい時間をいっぱい過ごせた。時期によって絡みの濃淡はあるものの、こういったコミュニティの存在自体が僕にとってはありがたかった。

2021年に向けて

健康第一。
なにか大きいことを1つでいいからやりたい。
2021年、すこしでも良い一年に。

読んでくださいましてありがとうございました。それだけでもう充分感謝です!