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第13期加古川青流戦 第1局観戦レポ(対局観戦〜大盤解説会)


念願の「棋士のまち加古川」へ

ABEMAトーナメントや師弟トーナメントで「棋士のまち」として紹介される兵庫県加古川市は、新人棋士の登竜門である加古川青流戦を開催する事でも知られ、将棋ファンとしてはぜひとも訪れたい聖地の一つである。

文化の日の3連休に開催される第13期加古川青流戦で、ここしばらくコロナ禍で見送られていた鶴林寺での対局観戦が4年ぶりに開催されるというニュースをXで見つけた時、迷い無く応募する事に決めた。今年の決勝には私がABEMAトーナメントで注目するようになった藤本渚四段が駒を進めていたからだ。

若干不利になっても相手に決め手を与えない受けの妙手を繰り出し、チャンスと見るや鮮やかな読みからあっという間に切れ味鋭く踏み込んでいく渚先生の痛快な指し回しには、今年すっかり夢中にさせられた。
ぜひとも観戦したいという願いが叶い、2023年11月4日「いい推しの日」に幸運な20人の1人として、対局観戦の当選通知を大事に携えて加古川駅に到着した。

加古川青流戦の幟旗がはためく加古川駅前

将棋を指す最高のロケーション「鶴林寺」

対局場である刀田山鶴林寺は、広大な敷地内に国宝や重要文化財の建物が点在し、その中にある浄心院で対局が行われる。
集合時刻より少し早めに到着した為、係のかたのご配慮で、青流戦の対局日の2日間だけ臨時で公開されているご住職の貴重な棋士色紙コレクションを見せて頂くことができた。
中原十六世名人、谷川十七世名人、羽生九段、桐山九段、久保九段と錚々たる顔ぶれの中に、六段時代(十数年前)の豊島九段の揮毫を見つけた。色紙の余白いっぱいを使った筆致が今よりも力強く、若々しさを感じる。

揮毫に選ばれた言葉にも先生方らしさが溢れている
その時の先生方の思いが筆運びで伝わってくるようだ

今年の対局者のお二人も、これからどんどん揮毫が洗練されていく中で、四段や三段時代の自分を懐かしく見返す日がきっと来るのだろう。

刻々と入室時刻が近づき、緊張が高まる中で手荷物や携帯電話等を全て預けて、身一つの状態で対局室へと誘導される。「ここからはお静かにお願いします」という注意を聞き、玉砂利を踏む音にまで注意を払いながら対局室とは畳繋がりの次の間に5枚4列に並べられた座布団へ静かに座った。

広々とした12畳ほどの和室の中心に設えた将棋盤。床の間には「唯仏是真」の文字が飾られ、聖徳太子の由緒ある寺院独特の厳かさが漂う。
「対局者が入室されるまではどうぞ足を崩されてください」係のかたからお声がけがあるまでは緊張のあまり正座で縮こまっていたが、一旦足を崩して対局者を待っている間、小鳥の囀る声以外は聞こえないことに気がついた。聴覚が研ぎ澄まされ、集中力が高まる素晴らしい環境だと感じた。

対局者入室から初手まで

13時45分頃、先に吉池隆真三段が入室された。観客席からは畳2枚分ほどの至近距離だ。座る前に一瞬だけ端正な横顔が見えた後は、観戦席からは吉池三段の背中越しとはなったが、このピンと張り詰めた緊張感の中で堂々と落ち着いた立ち居振る舞いだった。
18歳ながら、厳しい勝負の世界で決勝まで勝ち上がった実力を背中だけで物語っていた。

藤本渚四段の入室は棋譜中継のコメントによるとそこから2分後の13時47分だったらしいが、緊張と待ち遠しさとで、体感では10分以上はあったかもしれない。
静かな足音で藤本四段が入室された。観戦者も一礼した後、顔を上げると、藤本四段は正面の上座に着座され、トレードマークの濃紺ブレザーの制服姿では無く、爽やかな青系のスーツをお召しになっている。聞けば地元香川県の支援者からの贈り物だという。お名前の海を連想させる色合いで、とても良くお似合いだ。

軽やかな駒音を響かせながら、駒を並べていく。お互いがお互いの呼吸を尊重しながら並べているようで、均一なリズムが刻まれる。盤を離れればとても仲良しだというお二人の関係性が伝わるようだった。
整然と並べられた盤面が、広縁から差し込む日差しに照らされる。将棋以外は何も無い。将棋の真理を究めるに相応しい空間だった。

14時、立会人の長岡裕也六段の朗々とした美声で、対局開始が告げられ、振り駒で先手となった吉池三段が初手を指す。私の座った位置からは手元まで見えなかったが5〜9筋あたりの駒が動いていないので、初手は☗2六歩だろうと察しがついた。続いて藤本四段も、さほど間を置かずに静かに着手。これも手の位置でおそらく☖3四歩だとわかった。

ここで観戦者に退室の声がけがあり、正座で痺れた足を庇いながらも、感動で高揚した気分のまま対局室を後にした。観戦中、小学生らしい10歳前後の少年が座っていたが、身じろぎもせずに落ち着いてきちんと正座を通していた。あと10年もしたら盤の向こう側にはこの少年が座るのかもしれない。そんな風に頼もしく小さな肩を見つめていた。

豪華メンバー揃い踏みの大盤解説会

対局観戦後は加古川駅北口からすぐのウェルネージかこがわで行われている大盤解説会へと移動した。
遠征組としては、駅を出て目の前にある会場は迷う事がないので、とてもありがたい。

到着した時には井上慶太九段と、今期新人王戦で優勝した上野裕寿四段が解説中だった。井上先生は先程対局室で見た真剣な勝負師の表情から一転し、ユーモアたっぷりのトークで場を和ませている。こんな器の大きさが、たくさんの弟子を抱える井上先生の人間力だと改めて思った。

この日は他に久保利明九段、稲葉陽八段、神吉宏充七段、村田智弘七段、船江恒平六段、村田智穂女流二段が交代で次々と登場された。他の大盤解説会でもここまで先生方が大勢おられる事は滅多に無い。しかも入場も無料とあって、将棋ファンにはたまらない、「棋士のまち」ならではのおもてなしだ。

総勢8名の先生方による贅沢な大盤解説会

1分将棋で揺れ動く難解な終盤戦

「どっちを持ちたいですか?」先生方の意見を参考にしつつ、戦況を見守る。先手の吉池三段が62手目、後手の藤本四段が65手目でともに持ち時間を使い切り、優劣のはっきりとしない混沌とした中盤戦のまま、スリル満点の1分将棋に突入した。

家来を連れずにふわりと中段に向かう吉池玉は危険なようでいて、広い盤面を自在に動き回れる分、捕獲が困難に見える。対する藤本玉は、居玉のまま踏ん張ってきたものの、と金と成香に囲まれ、かなり危険な状態だ。
すると、藤本四段が攻防に利いた角の王手を放つ。この勝負手を境に形勢が揺れ動いた。危機を脱し、確実に吉池玉を追い詰めていく。

途中、藤本四段の駒台から駒がこぼれ落ちた時は、井上先生がもう気が気ではないという口調で「大丈夫かぁ」と悲鳴をあげる。対局室の様子を映し出すモニターでは、混乱したかのように藤本先生が何度か頭に手をやる。見ているだけでもハラハラして心臓が飛び出しそうだ。
双方渾身の1分将棋は約1時間続き、ついに吉池玉が捕えられた。迄、128手で吉池三段が投了を示され、藤本四段も深く一礼して緊迫の時間が終わった。

激闘でさぞ疲労困憊されていることと察しがつくのに、先生方は翌朝すぐに第2局を指される。タイトル戦で2日制はあるものの、最終盤の尋常ではない緊張感が2日間連続することは無い。

ある意味で、この加古川青流戦は2日間で三番勝負と、数ある棋戦の中で一番心身のタフさが求められると言えるかもしれない。若さと情熱でこの過酷な番勝負を乗り切った者に、栄光のゴールが待っているのだろう。

いよいよ明日は決着局。どんな将棋が見られるのか。期待に胸を膨らませ、映画のワンシーンのようだった対局室を思い出し、お二人の健闘を祈りながら眠りについた。
(第2局のレポートへ続く)

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