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観る将、入門講座へ行く 将棋フェスティバルIN野々市


甘い誘い文句①入場無料・観るだけなら…

地方住みの観る将(将棋を指せないけど見て楽しむファン)にとって、リアルイベントに参加するのはなかなかハードルが高い。東西の将棋会館や参宮橋の駒テラスで頻繁に行われているものの、さあ地方から遠征となると、交通費、宿泊費でウン万円コースだ。
ましてや指すイベント(指導対局や大会出場)は、余程ドM気質⁈でも無い限り、貴重な諭吉様数枚と引き換えに間違いなく大恥をかくのが目に見えているのだから、どうしたって及び腰になるのは当然の事だ。

しかし、Xで告知を見つけてしまった。将棋フェスティバルIN野々市に、棋士の先生方が多数お見えになるという。しかも入場無料らしい。
石川県野々市市(市が続くので見慣れないかたにはややこしいが、”ののいちし”と読む)は自宅から車で1時間程だ。来られるのは木村一基九段はじめABEMA TVの解説などでも引っ張りだこの人気棋士揃い。将棋駒やグッズなどの物販もあるという。それなら、観に行って先生方のお顔だけでも拝見できて、場違いだと思えばヌルッとフェードアウトしよう。慎重で恥ずかしがり屋な私の重い腰を上げさせるには十分に魅力的な告知だった。

甘い誘い文句②入門講座(無料)

2023年11月12日。街路樹がすっかり色づいた会場の野々市市文化会館フォルテへは朝9時30過ぎに到着した。用心深い私は、お店などでも捕まらないように客の少ない時間帯を避ける。遠巻きにして様子を見よう、人混みに紛れてしまえばいつでも立ち去れると思っていたら、エントランスを入ってすぐにたくさんの将棋盤や揮毫が飾られており、観る将の本能的にふらふらと引き寄せられる。

第48期棋王戦で実際に使用された駒など貴重な展示が並ぶ
「前竜王」の肩書きが用いられた佐藤康光先生の揮毫に
竜王位を奪還しに来たプライドと覚悟を感じる

凄い、渡辺棋王と藤井五冠の棋王戦の駒だ…立派だな、とどんどん奥に進んでしまう。開催側としてはまさに狙い通りの動きをする観客だっただろう。と、横のテーブルに目を向けると「入門講座 都成竜馬七段・室田伊緒女流二段(無料)」の文字が目に留まる。わっ、受けてみたいと心が踊ったが、空気読むべき、未来あるお子さんにこの機会を譲るべきだよね、ともじもじしていると、記念の缶バッジも差し上げますので是非、と係の方が優しく仰った。
ご厚意に甘えて、入れないお子さんがいらしたらすぐに席を譲ろうと決め、参加させて頂くことにした。

プロ棋士の講師登場

長机に約20人分ほど並べられた将棋盤と駒。将棋教室に行くときっとこんな雰囲気なのだろう。大盤解説会にはこれまでたくさん参加してきたが、目の前に自分用の盤と駒が用意されているのはやっぱり嬉しい。
気後れしていた年齢層も、就学前であろう可愛いちびっ子もたくさんいたが、大会参加者の付き添いで来られている保護者の方など大人もおられ、一安心だ。

大人になると学びの場の空気そのものが懐かしい

そしてキラキラとしたプロ棋士オーラを振りまきながら、講師の都成先生と室田先生が登場された。
将棋の駒の動かし方わかる人は手を挙げて、全然初めてだよって人は?有段者は?観る将は?と客層に合わせる配慮をしてくださる。ライブのコールアンドレスポンスのようだ。もうそれだけですっかり楽しくなってしまった。
駒の動かし方から学ぶことになり、いきなりハイレベルだとあっという間に落ちこぼれるのが目に見えていたので、内心ホッとした。

講師と受講生で8枚落ちのリレー将棋

一通り基本の駒の動き(歩と飛車と角、成り)の説明を受けた後、都成先生対受講生で、8枚落ちを一手ずつリレー将棋することになった。室田先生は都度、受講生側にヒントやアドバイスをくださる。
じゃあ、こちらのかたから、と前列にすわっていたので1番に指名されてしまった。狼狽えたものの、8枚落ち定跡を豊島先生のXで学んでいる私としては、願ってもないタイミングだった。初手☗7六歩。自信を持って指し、褒めて頂けた。(豊島先生に感謝!)
その後も、と金、竜、馬を作って攻めましょう、あら?都成先生のお名前になりましたね、と楽しいトークの末、受講生側が勝利して和やかに終局した。

受講生同士の一対一対局(聞いてないよ…!)

油断していたら、次は受講生同士で対局だという。なんてこった、これで終わると思った自分が甘かった。かといってここまでセッティングしてくださっているのに、ここで逃げ出しては先生方にも相手の方にも迷惑がかかる。
恥をかくのは目に見えているが、腹を括るしかない。せめて見苦しくない将棋を指せるように私の全力を出し尽くそう。
指す将のかたが手合い違いの相手と対局する時にするであろう覚悟を、一丁前に私も決めた。
側から見ればこの人そんなに緊張しなくても、と可笑しみしか無いだろうが、当の本人は大真面目で、血の気が引きながらも自分を鼓舞していた。

ありがとう、ぴよ将棋

初めましての対局相手の方は、この日お子さんの付き添いでいらしたという。大会2日目のこの日は1日目に好成績だった選抜メンバーが出場されるので、それだけでアマ強豪だとわかる。私の絶望感は尋常ではなかった。しかも平手とは。
弱い私でごめんなさい、せめて30手くらいは指せるようにと願い、挨拶して対局を開始する。角道を止めて四間へ飛車を走らせ、美濃囲いを目指した。

途中、様子を見に来られた室田先生に振り飛車ですね、菅井先生のファンですかと尋ねられた。もちろん菅井先生も応援してますが、豊島先生の将棋講座で色んな戦型を試してみて、攻守の駒がわかりやすい四間飛車に絞って勉強中なんです、とたわいのない会話をする余裕もないくらいに焦っていた。

相手のかたが一手一手指すごとにこんなにも怖いものなのか。笑い合い、会話しながらの和やかな練習対局でさえ、これなのか。
超初心者の私が、棋士の先生方の気持ちのほんの一端でも理解できたような気分になった。

続いて都成先生がテーブルに回って来られ、ちゃんと形になってますよ、と褒めてくださったので少し落ち着きを取り戻し、普段はぴよ将棋で指しているだけで、対人対局自体が初めてですとご説明した。アプリも優秀ですからね、と仰っておられたので、道場や将棋教室が近くに無いかたも決して気後れする事なく、ぴよ将棋で十分に腕を磨いて頂けるとお伝えしたい。

私、詰んでますか?

終盤に差し掛かり、私が一段目に飛車をおろし、相手玉に対し豊島講座で学んだ“飛車を軸にした攻め”が奏功し始めた。こんな風に言えばカッコいいが、詰将棋の苦手な私は、勝勢から詰みへの道筋をなかなか作れない。飛車の利きに打ち込んでいく方法は紐付けがあるので慌てずにすみ、わかりやすいのだ。
詰めろまで持ち込んだが、自玉も果たして安全なのかと考えると不安で手が止まる。勝てそうだけど、明快な手順が説明できない。

お互いに、これ私もう詰んでますか?詰みますか?と会話しながら指す将棋ではあったものの、相手のかたのお人柄がとても素晴らしく、礼儀正しく負けましたと仰ってくださり、私の初対局が終わった。肌寒い日だったのに、自分の覚束ない指し手の恥ずかしさと何とか勝てた嬉しさとで、顔が熱くてたまらなかった。

指す将は「礼」と「冷」

迷走しつつも、お優しい講師の先生方や参加者の皆様に助けられて終えた私の対人対局初体験は、停止していた脳の回路が次々に起動し始めるような、何とも言えない不思議な感覚だった。

そもそも私は気が優しく、争いを好まない。バーゲンへは行かない、福袋やファストパス目がけて全力疾走なんていうタフさも無い。
だが将棋盤を前にいざ勝負に臨んだ私は、自分でも驚くほど冷静に勝ち筋を探していた。これはジョハリの窓でいうところの私の「未知の窓(自分も他人も知らない特性 unknown self)」が開かれた瞬間だったのかもしれない。

優しい性格では勝負事に向かない、というのはあながち間違いとは言えないものの、パッと切り替えて勝利に向けて集中して指し手を思案する時間はとても楽しく、新鮮だった。自分の中にいる、もう1人の自分が呼び覚まされるような貴重な体験をさせて頂いた。

「よろしくお願いします」「(負けた時は自分から)負けました」「ありがとうございました」この3つを大切にしてくださいと室田先生が話された通り、将棋は礼を重んじ、冷静を貫くための精神修養にもなる。何より、推理ゲームのような楽しさをもっとたくさんのかたと共有してみたいと改めて思った。

それにはまず、観るだけの自分を少しずつでも指すほうにもシフトしていけたら嬉しい。
気づきのある素敵な時間を過ごさせて頂き、運営に携わった全ての関係者の皆様に心からのお礼を申し上げたい。

参加賞は石川県観光PRキャラ“はちまんさん”缶バッジ
天童市・中島清吉商店の根付は指す将デビュー記念に

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