回顧録その①

ある日の夕方、チャリで近所をブラブラしているおれに、高山(劇団の同期)から電話があった。
 高山「鈴木さぁ、山田さんから電話あった?」
 「、、、無いよ。何で?」
 高山「Tさんがさあ、コンビニ強盗やって捕まったんだって。山田さんが偶然ニュースで見たんだってさ。」
 

Tさんが強盗、、、。ショックであるはずの知らせに、しかし意外だとは思わなかった。まあいつかこんなことになるだろうとさえ感じた。この コラムを書いている時点(2004年夏)では、その事件の詳細、そもそも本当にあったのかさえも確認が取れてない。なので仮にTさんと呼びます。強盗の話を聞いて意外に思わなかったTさんとはどんな人なのか、とりとめも無く書いてみようと思います。
 

Tさんはもともとは、バカ田大学演劇研究会(以下劇研)の先輩。陰謀企画(自分の所属する劇団)で役者と、あと制作もやっていたみたい。

どんな役者だったかと言っても、特に思いつかない。エチュードがあんまりうまくなくて、稽古もさぼりがちだった記憶しかない。制作といっても実務的なことをやっていたわけではなく、マスコミ回りをしたとか、スポンサーを捜してたとかいう話を断片的に聞いただけ。本人から。いろんな所に顔ぐらいは出してたのかもしれない。今思えば、役者としてフェードアウトしそうな劇団でのポジションを、そういう形で補おうとしてたのかもしれない。
 

ある公演で、屋外のテント公演だったのだけど、Tさんの指示で、テントに坂道の入場口を作ることになった。テントや装置のプランは、主宰の山田さんと小林さんが当時立てていて、当初そんな入場口を作る予定は無かったんだけど、Tさんは作り始めた。先輩のTさんのやっていることだから、陰謀企画や劇研の後輩は手伝わないわけにはいかない。舞台装置や稽古、いくらでもやることはあるのに、Tさんの思いつきで増えた仕事に正直いい気持ちはしなかった。Tさんなりに陰謀企画がどうあるべきか、いろいろ考えていたのかもしれないけど、当時の自分にさえ、いらない事してる人にしか見えなかった。
 

まあでも当時は、ちょっと困った人程度だったTさん。しばらくして劇団をフェードアウト。噂でしか消息を聞かなくなった。
 

何年か後、シアタートップスでのとある公演に、ひょっこりTさんが顔を見せた。だいぶ髪がうすくなり、胡散臭い服を着たTさんは、今は自分はフリーのカメラマンで、よければ陰謀企画の舞台写真を撮らせて欲しいとの事だった。まあ何でもいいから、もう一度劇団に関わりたいという感じだった。

Tさんが帰った後、小林さんがTさんにもらったという名詞を見せてくれた。そこには良くわかんない肩書きと、「朝倉与作」という芸名?があった。誰?その自称カメラマンっぷりに、みんなで楽屋で大笑いしたものだ。
 

まあまあそれでも当時はまだ、ただの痛い人だったTさん。関わる機会ももう無くなっていたし。
 

そうしていつからか、Tさんについてはあまりいい噂を聞かなくなった。会う機会も接点も無いのに、思い出したように噂が入って来るのだ。いわく、クスリをやってる、借金がすごいらしい、早稲田のカレー屋で一人でカレー食ってた、野方に引っ越して来た等々。確かめる機会もないまま、Tさんはいつしか、口裂け女並に都市伝説となっていった。おれの中では。
 
 しかしそんな噂さえ聞かなくなり、さらにずいぶんたって、思いもかけない形でTさんの話を聞くことになった。とある知り合いの劇団(仮に劇団Aと呼びます)の舞台写真を撮っているというのだ。別に写真を撮るだけなら何も問題も無かろうものを、その話を聞いた時、みんなが同じ事を思った。と思う。少なくともおれは。
 

騙されてるよ!
 

何をどう騙してると説明しづらいのだけど、Tさんは絶対写真をとるだけじゃなくて、劇団の内側まで関わろうとするだろう。自分のことを大きく吹聴するだろう、そういう気がした。そして、やっぱりというか、やがてTさんは、劇団Aの制作アドバイザーになったという話を聞いた。いや、Tさん本人が電話ぐらいかけてきたのかもしれない。Tさんはいつの間にか劇団Aのスタッフとして、演劇関係者として陰謀企画にコンタクトを取ろうとしてきたのだ。しかし、制作アドバイザーって何だ?「朝倉与作」の名刺を見た時と同じ気持ちになった。
 

一度電話がおれにも来て、Tさんは自分の近況をひとしきり話した後、しつこいぐらいに「また飲もう」と誘われた。飲ませれば何か何とかなるとか思ってたのかな?
 

そして遂に、と言うべきか、Tさんが陰謀企画の公演を見に来たのだ。劇団Aのスタッフとして。公演が終わって、さあ飲みに行こうという時、Tさん案の定ついて来たのだ!誰も誘ってないのに!その日は劇団Aの役者も何人か見に来てくれてたのだけど、Tさんとは目を会わせないようにしているように見える。何でも、誰それかまわず、写真を撮らせて欲しいと声をかけて気味悪がられていたとか、女の子をしきりにバイクで送ろうとしていたとか、後でそんな話を聞いた。
 

すっかりヤバくなってしまった外見とはうらはらに、いらない事して周りを困らせる所だけは変わってないのだった。
 

それからいつか、Tさんが劇団Aからクビになったという話を聞いた。そもそも何か任命されていたのか。制作アドバイザーをやって下さいと頼まれていたのか。何をクビになったのかわかんないけど、劇団AはTさんと縁を切ったのだろう。よくわかんないけど、おれもほっとした。
 

Tさんの噂もいよいよ聞かなくなったころ、おれはとある劇団に客演して、そこで劇団Aの役者と一緒に稽古することになった。ある時ふとTさんの事を思い出して、おれは彼にTさんの事を聞いてみた。すると彼は、本当にうんざりという顔でいろいろ話してくれた。Tさんは、頼まれてもないのにマネージャーみたいな事をして役者にウザがられてたらしい。そして彼は、確証は無いんですがと念を押した上で、こういう話をしてくれた。
 

劇団Aの公演中、本番後に関係者と飲みに行こうという事になって、Tさんがそれならばということで、知ってるお店に案内したのだそうだ。ところがたまたまそこが混んでいて、別のお店を探すことになった。
 

「その時、レジに店員がいなかったんですけど、たぶんお店の鍵らしきものがあったんですね。Tさん、お店から出るとき、こっそりその鍵を盗ってったように見えたんです。もちろん見間違いかもしれないけど、その場にいた人も何人か見ていて、後でTさんは本当にヤバいって話になったんです。」
 

彼は、仕事をしていない(明らかに写真では食べれてない)Tさんが何故か金回りが良く、劇団員にいろいろおごってさえくれるのを常々不思議に思っていたが、この時、もしかして!と思ったそうだ。
 

「公演後、Tさん抜きのミーティングでその話になって、Tさん、どう考えてもヤバいから外そうってことになったんです。もちろん本人にはそんな事聞けないから、とにかく丁重に辞めてもらって。でもクビになった後も、舞台写真撮りたいって言って無理矢理撮りに来てましたね。新しいカメラマンいるのに。」
 

確たる証拠は無い。でもコンビニ強盗の話を聞いた時、ニュースも見ないうちに納得してしまったのは、ヤバい人-泥棒-強盗という流れ?に妙な収まりのよさを感じたからではある。穴埋め問題が解けた時みたいに。
 

まだこの時点では、コンビニ強盗が実際あったかどうか、確認は取れてない。あくまで、おれの中の都市伝説として終わって欲しい気もしないでもない。もしかしたらどっちも勘違いかもしれない。
 

補足
 20XX年8月現在、実刑を受けたのちTさんはシャバに戻ってきたらしいとの事です。機会あれば思い切って会って話聞いてみます。

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