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エイハブの六分儀-2023.6月号 西 香織


【今月の星空案内】

初夏独特のじんわりと湿気を帯びた空気、蒸れた草の匂い…季節はとどまることなく巡っていきます。これが、人生をどれだけ豊かにしてくれていることか。振り返っても、それぞれの思い出の背景には、必ず季節の花や旬の味覚や風景が広がっています。そんなささやかな喜びは、星空を見上げることでも、味わうことができるのですよね。さぁ、夏の星々が本番を迎えようとしています。

まだ早い時間帯には、少しずつ西に傾きつつあるうしかい座アルクトゥールスおとめ座スピカの存在感を無視できませんが、東からのぼってくること座ヴェガの勢いにそろそろ押され気味です。

青白いヴェガは織姫星で、わし座アルタイル彦星はくちょう座デネブを加えた夏の大三角を形作るうちのふたつの星が、七夕の星です。7月7日にだけ天の川を渡って会える二人、七夕伝説は中国から伝来しました。古代中国の乞巧奠(きっこうでん)という、女性が機織りや裁縫、習字などの上達を願って行われる宮中行事と七夕伝説が融合して、現在の日本独自の七夕のカタチになりました。誰もが知っていて、誰もが楽しめる七夕は、発祥の地である中国やその他のアジアの国々では、現代はサマーバレンタインと呼ばれ、恋人とラブラブに過ごす日なのだそうです。古来からの楽しみ方を踏襲しているのは日本だけのようで、逆に新鮮に映るそうですよ。

さて、実はそんなお馴染み七夕の日、ウクライナでも非常に大切なお祭りが行われていたそうです。7月6日の夜から7日にかけて、イワン・クパラという伝統行事について、ハルキウプラネタリウム解説員のオレナさんがプラネタリウムでご紹介して下さいました。

起源は夏至のお祭りでしたが、キリスト教の伝来によって7月6~7日の行事になりました。春の太陽ヤリロの時期が終わり、夏の太陽クパラが世界を支配します。太陽が最も高く昼の長さが最も長いこの頃の、植物や祖先への崇拝から生まれた祝いの行事。イワン・クパラの夜には黄泉の世界の悪霊に会うので、守護と浄化のため大きな焚火を焚いて、人々は手をつなぎ歌って踊って、過ごすのだそうです。また、男女二人で焚火を飛び越えると、二人は結婚して幸せな夫婦生活を送れるという言い伝えがあるとか。他にも、咲かないはずのシダの花が咲くとされ、もしも見つけたら最も大切な願いをかける、とか、植物や水に癒しの力が宿るので、集めてハーブティーを飲んだり、大切な人を治療したり、沐浴をするのです。ムーリンツィェーと呼ばれるクレープのような食事や他のたくさんの美味しい料理とともに過ごすとのこと。神秘的で美しい初夏の行事ではありませんか。

遠く祖国を離れて避難生活を送るオレナさんは、丁寧に思いを込めてイワン・クパラのお祭りをご紹介してくれる中で、平和を願う七夕の短冊を見せてくれました。

ハルキウプラネタリウム解説員オレナ・ゼムリヤチェンコさんの短冊

同じ日に、そのカタチはちがえど大自然の偉大な力に思いを馳せながら伝統行事を楽しむウクライナ人と日本人。またふたたび、故郷の地で降るような星々と天の川の下で、笑い声に囲まれながら愛する人と手を取り焚火を飛び越えられる、そんな日が訪れますように。

夕方、長い間、西の空を彩っていた宵の明星金星はそろそろ高度を下げていき、そろそろ見納めになりますので、一番星探しをお楽しみください。

西 香織
コスモプラネタリウム渋谷「星を詠む和みの解説員」。幼い頃からプラネタリウムに通う。宇宙メルマガTHEVOYAGE 「エイハブの六分儀」で毎月の星空案内を担当。そそっかしく、公私ともに自分で掘った穴に自分でハマり(ついでに周囲の人も巻き込んで)大騒ぎしながらも、地球だからこそ楽しめる眺めを満喫する日々。

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