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宇宙とは何か vol.02「天動説と地動説」松原隆彦

高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所(KEK素核研)で宇宙論の研究にあたる松原隆彦教授による、「宇宙とは何か」の講義をお届けします。今回は記念すべき第2回。宇宙の正しい姿を知りたいという人間の知的好奇心により、天動説から地動説へと移り変わる過程を見ていきます。

※この原稿は、2024年1月7日発売の『宇宙とは何か』(松原隆彦/SB新書)を元に抜粋しています。続きをすぐに読みたい方は、ぜひ書籍をご購入ください。
また、宇宙にまつわる疑問について、松原先生が読者の皆さんからの質問にお答えいただく質問会も開催いたします!
下記のイベント日時をご確認の上、参加受付フォームよりお申込みください。質問会の申込みは、2月13日㈫23:59までにお申し込みください。

松原隆彦先生オンライン質問会
開催日時:2024年2月15日(木) 19:00~21:00
参加費 :無料
対象年齢:小学生から大人まで
参加方法:オンライン(Zoom)後日、メールにてURLをお送りします。
申込み :参加受付フォーム
上記の参加受付フォームよりお申込みください。
主催  :宇宙メルマガTHE VOYAGE編集部、SBクリエイティブ株式会社
質問会の申込みは、2月13日㈫23:59までにお申し込みください。
 事前に書籍を読むことを推奨します。(あくまで推奨)
 noteで公開する範囲を読んで、ご参加いただくというかたちでもOKです。

宇宙の形を知るには?

さて、地球は丸いということは、体積は有限です。また、表面に立つ人間が一方向に進み続けたらもとの場所に戻って来ることになります。

それでは、宇宙はどうでしょうか。この宇宙は無限なのでしょうか。それとも、地球のように閉じた空間になっていて、有限なのでしょうか。頭の中で宇宙の形をイメージするには、次元をもう1つ加えて考えないと難しそうです。

――次元をもう1つ加えるとはどういうことですか?

たとえば、紙があるとします。厚みを無視するなら、紙は2次元です。で、この紙は曲がっているのか、それとも曲がっていないのか、あるいは曲がっているならどう曲がっているのか、地球のように球になって閉じているのか……つまり、紙はどんな形なのか。これを測るには、3次元空間が必要です。ほら、紙を曲げるなら、XY平面である紙に対して垂直な、3つ目の軸となるZ軸の方向に曲げなくてはいけないですよね。

紙を曲げるには、X軸・Y軸に垂直なZ軸方向に曲げるしかない。紙がどう曲がっているかを確認するには、曲がっていない場合も含めて、3次元空間を必要とする

紙の形状が理解できるのは、我々が3次元に住んでいるからです。しかし、もし2次元人がいたとしたら、イメージするのは難しいでしょう。数学を使えば2次元の中にいても曲がり方を知ることはできるのですが、「別の次元に曲がる」と言われてもピンと来ないはずです。

私たちが認識している宇宙は3次元の空間です。この宇宙を外から見た形を捉えるとき、この宇宙が曲がっているとすると、3次元とは別の次元に曲がっていることになりますが、3次元人である私たちにはイメージするのが難しいのです。

――もし、4次元人がいたら宇宙の形を見ることができるのでしょうか?

そうですね。4次元人にはわかるのかもしれません。人間にはイメージするのが不可能……と思ってしまいますが、イメージできなくても、数学を使ってわかることがあります。

我々研究者がイメージを摑むためによくやるのは、3次元から1つ抜いて2次元にしたうえで、まったく別の次元に曲がっていると考えるのです。Z軸を頭の中から取り去って、XY平面をイメージし、それを知らない方向に曲げる。

――あのー、こんがらがってきたのですが、つまり宇宙空間は4次元ってことですか?

宇宙空間が4次元かどうかはわかりません。5次元という人もいるし、9次元とか10次元という人もいます。ただ、今の話では、4次元かどうかは関係ありません。3次元の宇宙が曲がっていることを頭の中でイメージするためには4つ目の方向が必要なのです。曲がっていて、たとえば3次元でいう球体のように閉じていれば、宇宙は有限ということになります。

なかなか言葉では伝わりにくいかもしれませんね。いったん、数学を使えばわかることがあると思っておいてください。宇宙の形についてはまたあらためてお話しするとして、宇宙像の歴史の話に戻りましょう。

天動説から地動説へ

古代の宇宙像と現代の宇宙像で大きく違う点といえば、地球が平面か球体かという他に、天動説か地動説かということがあります。

地球を中心にして他の天体が周回しているという「天動説」は、紀元前4世紀、古代ギリシャの天文学者エウドクソスによってはじめて明確に提唱されたと言われています。
 
エウドクソスが考えたのは、地球が宇宙の真ん中に静止しており、その周囲に入れ子状に複数の天球があるというものです。

エウドクソスの天動説
ここでは一番外側の恒星天球と、火星の運動に関わる天球のみを図示した

一番外側の恒星天球には多くの恒星(太陽のように自ら光り輝く星)が張り付いていて、1日に1回転します。その内側にある天球は隣り合う天球と回転できる軸でつながっていて、これで太陽や惑星の動きを説明しています。

その後、天動説を完成させたといえるのが、2世紀頃に活躍したプトレマイオスです。プトレマイオスは、周転円や離心円といったさまざまな円運動を組み合わせることで、天体の動きを説明できる精緻な体系をまとめあげました。

複雑な円運動を組み合わせて天体の動きを説明する天動説の模式図
出典:Encyclopaedia Britannica (1st Edition, 1771; facsimile reprint 1971), Volume 1, Fig. 2 of Plate XL facing page 449.

図を見ると、かなり複雑になっていますね。今ではわかっているように実際には地球が動いているにもかかわらず、あくまでも「地球が宇宙の中心であること」を譲らずに考えるなら、いろいろ複雑な仕組みを入れなければならないのです。

たとえば「惑星の逆行」という現象があります。恒星は天球にへばりついた状態で少しずつ動いているかのように見えますが、惑星は違います。少しずつ位置を変えながら、あるときは逆行し、また順行に戻るといった不思議な動きをします。これは、単純に惑星が地球のまわりを回っているとすると起こりえません。そこで、「周転円」という小さな円を加えることによって解決しています。

プトレマイオスの天動説によれば、惑星は周転円(小さな円)に沿って回転しながら地球のまわりを回っている。周転円の中心はXを中心にした離心円(大きな円)に沿って動くが、Xは地球の中心とはズレている。また、周転円の中心はエカントと名づけられた点から見る角速度(角度/時間)が一定となるよう動く

プトレマイオスの体系を使えば、惑星の運動をかなり正確に表現できます。今でも、使おうと思えば使えるのです。複雑すぎて誰も使いませんが。

なお、ここでも一番外側にあるのは恒星天球という球面です。惑星の動きの説明には複雑な仕組みを導入しているものの、多くの恒星が張り付いた恒星天球は複雑なところがなく、1日1回転するだけ。それより外側がどうなっているかはわかりませんでした。

その後長らくプトレマイオスの天動説が支持され、使われてきました。新たな説を提示したのは16世紀の天文学者ティコ・ブラーエです。

ティコ・ブラーエの宇宙モデル
出典:Brahe, Tycho, De mundi aetherei recentioribus phaenomenis liber secundus, 1603

まだ望遠鏡がない時代ですが、ティコ・ブラーエはこれまでにない精度で天体観測を行い、「すべての惑星は太陽のまわりを回っている」と考えました。ただし、その太陽は地球のまわりを回っています。あくまでも宇宙の中心は地球です。それでもこれにより、惑星の運動はシンプルになりました。

ここまでわかったのなら太陽を中心にしてしまえばいいのに、と後世の私たちは思いますが、当時はそれだけ天動説、つまり地球中心説が常識だったのです。

実はティコの時代にはすでにコペルニクスが地動説を唱えていました。コペルニクスは1543年に発表した『天体の運行について』の中で、地球は太陽のまわりを1年間かけて回転しており、さらに1日1周自転していると述べています。

ただ、当時のキリスト教的世界観では、地球が宇宙の中心でなければなりません。聖職者でもあったコペルニクスは、自分の研究成果を公表するのは控えていました。公表すれば迫害されるのはわかっていましたから。死の直前に本を完成させましたが、その中では「こうやって考えるとシンプルで便利ですよ、これは数学的な話ですよ」というエクスキューズをしています。

実際、地動説で考えれば一気にシンプルになります。

コペルニクスの地動説モデル
出典:Nicolaus Copernicus, De revolutionibus orbium coelestium, 1543

ティコも、コペルニクスの地動説が数学的に優れていることを評価していました。しかし、どうしても地球中心説を捨てることができなかった。自分が立っているこの地球が動いていると思えなかったんです。

 ある意味で、天動説は「正しい」のです。地動説よりも天動説の方が見た目通りであり、私たちの主観・経験と合っています。普段、この地球が動いていることを実感することはありません。太陽は動いて見えます。理科の教科書でも、「太陽は東から昇り、西に沈む」と表現します。我々の価値観は、いまだ天動説から抜け出ていません。

でも、世界は見た目通りではありませんでした。人間の実感とは違っていたのであり、実感から抜け出たところに、シンプルな答えがありました。これは現代の宇宙論でも気をつけるべきことかもしれません。宇宙を見た目通りに理解しようとすると、いつまでたっても本来の姿にたどり着けないのではないかということです。

《続きは次回、vol.03をお待ちください》

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松原隆彦
1966年、長野県生まれ。高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所(KEK素核研)教授。博士(理学)。京都大学理学部卒業。広島大学大学院博士課程修了。東京大学、ジョンズホプキンス大学、名古屋大学などを経て現職。専門は宇宙論。日本天文学会第17回林忠四郎賞受賞。著書多数。

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